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「ああ!遠藤先生とお祖母ちゃん!お待たせしました!」
「お邪魔します!お祖母ちゃん!ピアノ弾いてくれるの?!」
 制服の上にダウンをモコモコに着込んだ高校生カップルが髪をぐちゃぐちゃにして寒そうな赤い顔で息を切らせてそう笑う。
「……そうなのかしらね?」
 若者たちの勢いに栞も笑った。

「お祖母ちゃんがクイーンを遠藤先生と観に行くって話を果維君に教えたらね、私たちも週末観に行くことにしたの。面白かった?」
 疲れすぎたのか栞の孫の日本語がおかしいが、通じないこともない。
「とってもよかった。感動したわよ」
「そうなの?!その曲弾いてくれるの?!」
 その曲?とはまぁあの曲なのだろう。

 苦笑してから栞が立ち上がったばかりの椅子にまた座り、俺を見上げた。歌え、と命じているようだ。しょうがないので頷いた。
 そして本日三回目のボヘミアンラプソディ、バラード部。
 栞の指もかなり軽快になっていて情感を込める余裕まで覗かせて、もう涙を落とすこともない。
 ところで運指を見るのも三度目だが、最初の和音すら覚えることが出来ず、短時間でマスターするのは無理だと言うことが分かった。ピアノが手元にあってもかなり時間が掛かりそうな気がする。
 どうしたもんかなぁ、買うかなぁ、やめようかなぁ、と悩みつつ歌詞を呟いていた。

 そんな具合にあっさりと弾き終え、歌い終えると、やはり拍手喝采とボロ泣きのギャラリー。
 そこまでか?という俺の驚きがいまだに解消されない。

「お祖母ちゃんすごい上手ー!こんなに上手なんて知らなかったー!」
「先生の歌も超かっこいいです!」
「ついでに褒めなくてもいいよ」
 果維が適当なことを言うので笑ったが、即座に反論された。
「いえ、かっこいいです!よどみない英語と無理のない高音がめちゃくちゃピアノにマッチしてました!」
「……いかにもインチキ臭い評論だな」
「本当ですって!」
「本当ですよ先生!」
「そうそう、果維の言う通りです!」
 一斉に褒められる。

 自分自身どーでもいいことをそこまで持ち上げられても、何にも感じない。
 例えば足の裏を褒められてるのと同じ気分だ。美しい足の裏ですね!これは世界一ですね!と絶賛されてるのと同じ気分。それがどうした?と返していいのか悪いのか。

「ねぇお祖母ちゃん、クイーンの他の曲は?弾けない?」
「他の曲……」
 孫のリクエストに首を捻った後に、栞が俺を見上げて両手を鍵盤に置き、
「こんな曲、なかった?」
 と言うなり、和音をガンガン押えつつ指を走らせ始めた。そしてその音もすぐに分かった。
「キラークイーン」
「歌って」
 と言われ、しょうがなく歌詞をまた呟く。よどみない英語と無理のない高音で。と果維の言葉を思い返したら笑えてきた。まぁこの曲は笑いながらでも支障ないだろう。途中で栞も音を間違えて俺の声と合わず、つい二人で笑った。所詮にわかコンビなのでこんなものだ。

 と、曲を終えて笑って顔を上げると、ギャラリーはまた泣いている。
 これでも泣くのか?さすがにどうかしてるだろう、ここの家族は。
 果維が拍手しながら涙を拭きながらまた俺を讃え始めた。
「先生かっこいいです!よどみない英語と無理のない高音に、半笑いの余裕!」
「本当です!素敵でした!」
 栞の孫も続く。
「ピアノすっごいかっこいい!お祖母さん天才ですね!」
「本当に今日聴いたばかりなんですか?」
「もっとひいてー」
「いえ、もうね、遅くなっちゃうから」
 栞が幼児にそう応えて立ち上がり、改めて暇の挨拶をする。
「本当に遅くまでお邪魔しました」
「和臣によろしく、」
 と俺も再度同じ言葉を口にしたのにまた遮られた。

「和臣君も聴きたいってメッセージ来てるんです!」
「妹も聴きたいってメッセージ来ました!」
 和臣の母と妹がほぼ同時にそう訴えてきた。
 嘘だろ。いい加減帰りたいぞ。

「さすがに無理だよ、今日は平日だし星奈ちゃんの家は夕食当番が今日はお姉さんだから星奈ちゃんもお祖母ちゃんも帰らないとならないし」
 思いがけず果維が変な助け船を出してくれた。
「あら!今日は真凛の当番だった?」
「そうだった!早く帰らないとお姉ちゃんにキッチンめちゃくちゃにされちゃう!」
「そうね、急がなきゃ」
「送って行くよ。お孫さんも」
「ありがとうございます!」
 この場から抜け出せるのだから俺の方が礼を言いたいくらいだが、と思いつつ頷いた。


 また今度聴かせてください!
 絶対聴かせてください!
 絶対ですよ!
 ぜったいぜったいー!

 という声に送られて和臣宅を出て、裏のガレージに回って気付いたが、シャッター開けっぱなしだった。車盗まれなくてよかった。
 そしてツーシータでは孫が乗れないので結局レクサスに乗り換えて栞の家まで走る。
 その車の中で、和臣の家族が揃いも揃ってこの映画に嵌まりつつある状況を聞いた。
「元々お母さんが映画に嵌まってて、お姉さんたちも観に行って嵌まって、先週末にはお兄さんも観に行って感動して帰ってきて、ライブのDVDを買おうとしたらどこでも品切れで、入荷を心待ちにしているらしくて、だから果維君も気になってたから週末一緒に観に行くことにしたの」
「ライブのDVD品切れなの?ハル君の持ってたLDなんて貴重だったじゃない!」
「ソフトもハードもぶっ壊れたって」
「LDって何?」
「そうそうハル君、LDって何?」
「今はもうない映像再生機」
「もうないの?後で本物のフレディ見せてくれるって言ってたじゃない?」
「ネットの動画のことだろ?」
「ネットの動画ならうちでも見れるよお祖母ちゃん!」
「そうなの?じゃあ後で見せてくれる?」
「いいよ!私も映画の予習する!」
 そんな具合に後部座席で盛り上がっている。

 そろそろ到着しそうな頃、孫の携帯の着信音が短く鳴った。
「あ、果維君……」
 ブレーキを踏んでハザードを焚いてから、そのメッセージの内容を聞かされた。

「果維君のお兄さんが、ライブのDVD手に入れたのでそれの鑑賞会と共に、お祖母ちゃんと先生のライブも開催したいそうです」
「え?私とハル君のライブ?って何?」
「だから、お祖母ちゃんのピアノと先生の歌。また聴きたいってみんな言ってたし、私も聴きたいな!」
「ああ、そういうこと?DVDの鑑賞会もあるのね?最後のライブのことなのよね?いいじゃない!」
 ドアを開けて車から降りながらそんな会話をしている。
「ね!ハル君、いつにする?」
 最後にそう訊かれたが、
「……聞かなかったことにする。じゃあな」
 後ろも向かずそう応える。もう!と一度膨れたが、栞はすぐに笑顔に戻して手を振った。
「今日は本当に楽しかった!ありがとう!またね!」
「ありがとうございました!」



 予想外に帰宅が遅くなった。この時間から飯を作って食べる気にもならない。
 近頃よく行くようになった小料理屋にこのまま行って今日のお薦め定食を用意してもらうことにする。

 住宅街の角地にちょこんと建っている古い和食屋。
 広めの駐車場は平日だと言うのに八割方埋まっている。運良く入り口近くが一台分空いていたのでそこに停めた。
 戸を開けてのれんをくぐり、いらっしゃーい、の声を聞きながら中を覗くと座敷はほぼ満席で、空いていたカウンター席に着いた。
 すぐ横には生け簀があり気に入ったヤツをすぐ捌いてくれるが、俺は予めシメられている魚がいい。
 まいど。なんか捌く?と幼なじみの大将が水槽を指して訊いてきた。活魚を頼んだことなんかないのにわざと訊く。首を振りながら「定食」とだけ注文した。


「どっか行ってきたの?レクサスで来るなんて珍しい」
「うん。まぁ。映画観に行った」
「レクサスで?何観たの?」
「レクサスじゃないけどね。クイーンの」
「ああ。評判になってるやつな。ハルチカファンだったしな」
「ファンってほどでもないけどね。面白かったよ」
「ファンじゃないの?悪口言ってもいい?」
「いいよ」
「クイーンの誰か知らねーけど、クジラ食うなとか言ってんだろ?」
「そんなこと言ってた?」
「確か言ってたよ。全く、牛や豚は食うくせにクジラは食うなって何の差別だ」
「ブライアンだったらベジタリアンだから牛も豚も食わないよ」
「え?牛も豚も食わないの?」
「だからクジラも食わないんだよ」
「嫌なヤツだな。ハルチカそんなこと言わないよな?」
「言わないよ。うちの猫も言わないよ。牛も豚もクジラも食うよ」
「だよな。安心したわ。猫に魚のアラ包んでやるよ」
「クジラ?」
「クジラじゃねーよ。今日はそのサバの切れっ端持たせてやるよ」
 と、俺のつつく皿を指差した。


 実は新鮮な魚の切れっ端をもらえるので、この店に通うようになっていた。
 じゃあ猫が待ってるから、と言えば長居しなくても済むのも気に入っている。

 レクサスをガレージに入れてツーシータに乗り換えて自宅に戻り、真っ暗な玄関を開ける。
 そして電気を点けると、真っ黒な猫が座って待っていた。
 ただいま、と声を掛けても猫は返事もせず、金色の目でじっと見ているのは俺の持つ小さなレジ袋。
 遅くに帰ってくる時は魚を持ってくると学習したらしい。
 フロアに上がると俺を先導するように振り向きながらちょこちょこ歩く。そして真っ直ぐ自分の皿まで案内する。到着すると皿の前に座り、早く魚を出せと俺を見上げる。
「お前は賢いなぁ」
 と、薄いビニール容器ごとそこに置いた。
 ノラ時代が長いせいか、この猫はいつまで経っても周囲を警戒しながら唸りながら飯を食う。なので、食事中は傍にいないようにしている。

 そういえばピアノ買うとしたらどこに置いたらいいのかな。納戸を一つ空けるか。廊下に置くか。いっそ道場に置くか。などと考えつつぐるりと家を見回す。
 ピアノを置いたら映画の冒頭のように猫が鍵盤を走るんだろうな。やっかいだな。しかもどこに置いても存在感というか異物感が大きいんだよな。ピアノって。やっぱりいらないかな。
 というところで考えるのを止めた。


 風呂に入ってから寝室に行くと、ベッドの真ん中が猫の大きさに膨らんでいる。こいつはこんなに小さいのに真ん中に寝るから、それを避ける体勢でしかも寝返りもせず寝るので俺は毎朝身体が痛い。
 しかも腹が減ったと朝4時に起こされる。顔を引っ掻いたり頭を舐めたり布団の上に跳んできたり棚の上の物を落としたり書類を噛み千切ったりと、俺が起きるまで暴挙が続く。
 だから早めに寝ようとベッドに乗り、携帯の充電コードを差し込みながら起動してみる。

 着電と着信が山のようにあった。和臣から。


 そのまま放置して寝た。







  終わり





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