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 家に入ると新築の木の匂いが強い。黒い外壁で外観は中々迫力があるが内装は木材がふんだんに使われていて優しく明るい印象の家だ。出来たばかりの時に一度見せてもらったが、引っ越してきてからは初めてだ。
 広めのリビングに通されソファに座ってお待ち下さいと言われたが、すぐに隣の部屋から電子ピアノとそれを乗せるスタンドとそれ用の椅子を運んできたので、座る間もなく手伝いながら見物した。
「結構本格派の電子ピアノですね」
 昼間に楽器屋で様々な電子ピアノを見たのでそこそこ値踏みできるのだが、本体が大きめで材質に艶がありスイッチボタンも鍵盤も多いお高めの一品だ。
「どうせならちゃんとしたものがいいなんて和臣君が言ってたのと、新築家電と一緒に買ったので金額的に麻痺してました」
 持ち主がそう笑いながら、電源アダプターを差し込んだ。そして次に電源ボタンを押してピアノが作動し、鍵盤を一つ鳴らした。すると幼児も椅子によじ登ってそこに立ち、鍵盤を押した。
「あのねぴあのおおきいからぼくのるの。それからひくの」
 ああ。ピアノは大きくそのままじゃ届かないから椅子に乗って立てば手が届いて弾ける、という意味だったのだ。なるほど。
「結生は後よ。先に先生たちに弾いてもらうの」
 と和臣の妹が抱き下ろそうとしたが、予想通り泣きわめいて暴れる。
「あら、いいわよ。先に結生君のピアノ聴きたいわ」
 栞がそう言うと、幼児は涙を浮かべたまま笑った。

 じゃあ弾いてみましょうか、と和臣の母が椅子に立つ幼児の隣に立ち、いい?と幼児の顔を見る。
 それからゆっくり左手で和音を押えると、それに合わせて幼児が小さな右手人差し指一本で何かのゲームのように鍵盤を押していく。
 音もリズムもめちゃくちゃで曲になってるとも言えないのだが、なにやら聞き覚えがある。自分が知っているのか知らないのかも定かではないのだが、聴いたことはある気がする。
「……この曲、なんでしたっけ?」
 悩んでも出てきそうにないので訊くと、和臣の妹が応えた。
「ジムノペディです。エリックサティの」
「エリックサティ……聞いたことがあるようなないような……。栞は知ってる?」
「私はクラシックしか分からないから……」
「え!サティってクラシックじゃないんですか?!」
 和臣の妹がそう驚いたが、
「きっと新しいクラシックなのね。いい曲だものね」
 とあっさり栞が笑った。
 新しいクラシック。新品のアンティークのようなものか。なんとも言えない妙な感慨を覚えるな。

「結生君上手ねー。新しい曲覚えたらまた聴かせてね!」
 拍手をしながら栞がそう褒めると、いいよ!と幼児は偉そうに笑った。
 和臣の妹が椅子から幼児が抱き下ろし、どうぞと栞に座るように勧める。
 それじゃ失礼しますね、と席に着き、鍵盤を一つ二つ鳴らしてから俺を振り返った。
「ハル君、私まだあまり自信ないから、横に来てさっきみたいに歌って。それで音が分かるから」
「そうか?」
 とまた横に立つと、和臣の妹がスマホを持って反対側に立った。
「あの、動画撮っていいですか?それで後でピアノの練習に使っていいですか?」
「え?練習?私のピアノ?」
「はい!動画見ながらだと練習しやすいので!」
「でも私が耳で聴いて音符にしたものだから、本当のスコアとは違うわよ?」
「それがいいんですー!栞さんアレンジってことですよね!むしろかっこいいっ!」
「そうかしら?」
 栞が笑って、さっそく全ての指を鍵盤に置いた。

 そして、今日だけで何度も聴いた始めの音を押える。
 それだけで、栞のタッチは素人の響きとは違うので、ぞくっとする。
 それに被さるのがフレディの声じゃないのが申し訳ないので、小声で囁くように歌詞をメロディに乗せた。
 さすがに帰り道で何度も聴いただけあって楽器屋で弾いた時よりも音が正確で重層になっている。もしかしたら本物よりも出来がいいんじゃないか?などと感心しながら、バラードパートを終えた。
 栞が鍵盤から指を離して、その手を頬に当てる。また泣いていたようだが、楽器屋の時ほどではない。
 あの時よりずっといい演奏なのにな、と顔を上げてみると、ギャラリーの二人がボロ泣きしていた。それを見て栞も結局同じようにボロ泣きに加わった。

「……す、すごくお上手です!」
「プロのピアニストみたいです!」
「そんなことないわ」
「本当ですよ!プロの生演奏も何度も聴いたことあるけど、その時より感動しちゃった!」
「そうなの?嬉しいわ」
 全員泣きながら笑い、さらに涙を零す。
「曲がいいからね、きっと」
「それに、このピアノがあんな音出すなんて思いもしなかったわ」
「そうだね、さっき結生が弾いてた同じピアノと思えない」
「ぼくもひいた!」
「ね!同じピアノなのにね!」
「遠藤先生が自慢するだけありました」
「え?自慢?俺自慢しましたか?」
「してました」
「もっとひいて!」
「そうねー。もっと聴きたいわねー」
 幼児も大人も揃ってアンコールを求めてくる。
「でもそんなにレパートリーが、……あれがいいかな?夏に浜松で弾いた、なんだった?」
「ピアノレッスン?」
「ピアノレッスン?!」
「ピアノレッスン聴きたい!」
「ききたいー!」
「あまり覚えてないかも。間違えたらごめんなさいね」
 もう一度目尻を拭ってから、栞がまた鍵盤に向かった。

 そしてあの重苦しい楽曲をガンガン弾く。ボヘミアンラプソディの優雅なアルペジオとは指の運動量がまるで違う。その分迫力があって圧倒される。
 先ほど和臣の母親も言っていたが、電子ピアノでこれだけの音が出るんだな。すげーな。
 と感心しながらちらりと目を上げてみると、ギャラリーの二人がまた泣いていた。この曲でも泣くのかとまた驚いた。
 弾き終わり顔を上げた栞も、泣く二人にさすがに驚いていた。

「なんか、すごい感動しちゃった」
「本当に、どうしてか分からないけど感動しました」
 二人とも涙を拭いつつ、笑みを浮かべて赤い顔でそう言った。
「全然上手じゃないんだけど、そんなに言ってもらえると嬉しいわ」
「お上手ですよ!」
「本当にお上手です!」
 なんだか、果てしなく褒められている。いつまで続くんだろうな、と思うと少し笑えた。
 笑う俺に気付いたようで栞がこっちを見上げ、同じく少し笑った。

 ここまで感激されていると、とても俺のピアノレッスンを始めたいなどとは言える雰囲気でもない。
 そして栞もいい頃合いだと思ったようで、立ち上がった。
「遅くに突然お邪魔してしまって、ごめんなさいね」
「え!帰られるんですか?」
「ええ!充分満足しましたので!」
「夕飯時にすみませんでした。和臣たちによろしく、」
 とまで俺が挨拶したのに、和臣の妹に遮られた。
「待ってください!今、果維がこっちに向かってます!」
 スマホを示しながら慌ててそう言って行く手を阻もうとする。
「果維と、星奈ちゃんも一緒に来ます!」
「星奈が?」
 栞が向き直る。
「はい!さっき果維に先生たちが来てピアノでクイーン弾く予定ってメッセージ送ったら、星奈ちゃん連れて速攻で帰るから引き止めておいてって」
「どうして星奈まで、」
「今度の週末、一緒に映画観に行くことにしたみたいですよ。クイーンの」
「そうなの?」
「だから、お祖母ちゃんのピアノ絶対聴きたいそうです」
「あら」
「自転車で二人乗りで爆走してるみたいです。だからもう少しだけ、」
 両手を合わせて頼み込もうとしたところで、ただいまー!と高校男子の声が聞こえた。そしてバタバタと部屋に駆け込んできた。



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