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 夕焼けが濃くなってきた頃に家に着いた。家というか、車を乗り換えるために自宅から少し離れた場所にあるガレージの前に車を停めた。日が落ちるのが早くなっていて、まだ夕方だがセンサーライトが点灯する。
 ツーシータを降りてガレージのシャッターを開けた。その音に紛れて栞が車を降りた音も聞こえた。そしてガレージの中に入ろうとしたところで、子供の声が聞こえた。

「おんなのこなかせたら、だめだよ。けいさつよぶよ」

 あ?と声の方を見ると、別の声が聞こえた。

「待ってユウキ危ないんだから!」

 夕日に照らされて、親子の姿が見える。逃げる子供を捉まえた母親。そしてまた子供の声。

「ないてるよなかせてるよ。けいさつよぶ?ぼくよべる。ひゃくとおばんってなんばん?」

 それを聞いて栞が吹き出した。
 和臣のところの幼児だ。一家はこのガレージの裏に家を建てて引っ越してきたばかりだ。
 そしてこの幼児は言葉が遅いと心配されていたらしいのだが、引っ越してきた直後に突然しゃべりだしたらしい。しかも幼児らしからぬ長文を滔々と話すらしい。

「泣いてないでしょ!遠藤先生よ!こんばんはって言って」
「ないてたのはえんどうせんせいじゃないよ。なかせたのはえんどうせんせいだよ」
 そう言って俺を指差し咎める。一生懸命自分の正当性を訴える幼児に、栞が笑ったまましゃがんで伝えた。
「私が泣いてたのは遠藤先生のせいじゃないのよ。遠藤先生は慰めてくれてたのよ」
 それも事実とは言えないのだが、そうなんだ!と幼児は納得した。

 どうしたの?とまた別の声が聞こえた。小走りで駆けつけたのは、和臣の母親。
「あら、遠藤先生と、星奈ちゃんのお祖母さんですか?こんばんは」
「あらまぁ果維君の。こんばんは。ご無沙汰してました」
「お二人でお出かけだったんですか?」
「あのねおばあちゃんないてたの!」
 空気の読めない幼児がどうしても話題の中心に収まりたがる。
「泣いてた?誰が?」
「おんなのこ!」
 そして自分が共通概念を持たないという自覚がない。なにしろ「おばあちゃん」が和臣の母親で「おんなのこ」が栞を指すのだ。

「違うんですよ。今ハル君と映画観てきて、感動して帰って来たところなんです」
 栞が笑いながらやっと正しい説明をする。
「まぁ映画?何を観られたんですか?」
「ボヘミアンラプソディ」
「あ!私も観ました!」
「そうなの?!泣いた?!」
「泣きました!私3回観に行ったんですけど、行く度に泣く箇所が増えるんです!」
「まぁ!そうなの?!そうよね?そうかも知れないわね!」
「そうですよ!」

 そうなのか、とちょっと感心する。女性の琴線に触れる映画なのかも知れないな。というか、もしかして、
「……クイーンのファンだったんですか?」
 そういえば世代的にがっちり嵌まっているんじゃないだろうか?と思い訊いてみた。
 すると、微笑んで首を傾げた。
「ファンって言えばファンだったんですけど、流行り始めた頃に結婚したこともあってそれほど熱心ではなかったですね」
「新婚当時?それならまだ自由な時間がありそうなものですけど、」
 とまで言って思い出した。
「そうか。和臣がいたか」
「はい。和臣君がいました」
「和臣君がまだ手が掛かる子供だったんだよね」
「まぁそうだったんですか。やっぱり育児世代だったのね、みんな」
「じゃあここの全員生クイーンを観てないんですね」
 和臣の妹がそう言うと栞が首を振った。
「ハル君は行ってるのよ、大阪のライブ」
「え?!誰と?!」
 なぜその質問なんだ。
「おおさかしってるよ!」
 またしても空気が読めない幼児が挟まってきた。

 それにしてもそろそろ暗くなってきたし寒くなってきたし、ぼちぼち移動したい。しかしこれから楽器屋を探してキーボード選んで買って帰ってきて栞に運指を教わるのか?夜中にならないか?
 と俺が腕組みをして躊躇している間、会話が続いていた。
「映画から戻られて、これからこの車でドライブですか?」
「いえいえ、違うのよ。この小さい車で映画観に行ったのよ。でも小さすぎるからそのガレージの中の大きいのに乗り換えるの」
「小さすぎる?」
「ピアノを買おうと思っててね、」
「ピアノですか?今から?」
「ちょっと遅いけどね。こういうのは勢いだから!」
「勢い?」

「あ、思い出した」
 ピアノの話題と和臣の母親の顔を見て思い出した。
「電子ピアノ買ったんですよね?」
 果維がそう言っていた。
「え、電子、ピアノ?買いました、けど」
 突然の質問の意図も分からないだろうにそう応えてくれたので、栞に提案した。

「今日はもう遅いからこちらで弾かせてもらおう」

「え?」
「え?」
「え?」
 と大人全員が「?」を表明する中、
「ぼくぴあのひける。きいていいよ」
 と、空気も読まない大人の事情も解さない幼児が俺の手を引き、助け船を出してくれた。そのまま自宅に案内してくれる。
 え、ピアノ?うちのですか?誰が弾くんです?と、慌てたような声が後ろから聞こえ、こちらで弾くって、買うのはやめたの?という声も聞こえたが、
「ぼくぴあのね、おおきいからのるんだよ」
 という意味不明な幼児の声に掻き消された。



 そして和臣宅に到着する頃には、映画を観た後楽器店のピアノでクイーンを演奏したがギャラリーが集まったため逃げ帰ってきて、さらに続けて弾きたいのでいっそピアノを買おうと決めてそれが乗る車に乗り換えるためにガレージに来た、という説明を後方で終えていた。
「あら!クイーンを弾かれるんですか?」
「そうなの?そうなの?すごーいっ!」
「でも今日聴いたばかりの曲ですから全然正確じゃないし上手じゃないんですよ」
 栞がそんな謙遜を言っている。
「いや上手いよ。素人の音ではないから、生で聴くと驚くよ」
 振り向いて俺がそう説明すると、なぜか三人とも急に黙って赤くなった。



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