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 知らなかった訳じゃないのだが、収録された完成形ボヘミアンラプソディはコーラスから始まるが、ライブでのイントロはフレディのピアノソロだ。
 そういえばそうだったと映画を観て思い出した。
 若いフレディがそのイントロ部を簡単に指を走らせ奏でていた。非常に簡単に。寝転がって鍵盤を逆に押えながらでも弾いていた。
 こんなに簡単なのかと思った。あんなに叙情的で美しいのにこんなに簡単なのかと。
 そして、俺でも弾けるな、と思った。
 ただ俺は楽譜が読めないので人に教えてもらわないと無理だ。

 ということで、耳コピできる栞を映画に誘った。
 やたらと喜んでくれたので、きっとピアノも教えてくれるだろうと思う。
 ただ電話で誘い平日午後のチケットを購入してから思い出したのだが、ピアノがない。
 まぁ、映画館の入っているショッピングモールに確か楽器屋もあったのでそこで教えてもらえばいいかと簡単に考えた。

 そして当日、放射冷却で冷え込んだ真冬の晴天にカーキのジャケットを羽織り赤いツーシータで迎えに行った。
 さすがに寒いので栞もキャメルのロングコートを着込んで小さな車の助手席に乗ってきた。
 誘ってくれてありがとう!すごく嬉しい!と赤い顔で礼を言われる。俺としては下心があるので若干後ろめたく、その詫びも兼ねて劇場近くのフレンチのランチも予約していた。

「すごく嬉しいけど、こんなにしてくれるって何かあるの?」
 テーブルに着いてオーダーした後にそう訊いてくる。そりゃそうだろうなと笑い、映画観た後でちょっと頼みがある、と言っておいた。
「すごく評判の映画なのよね?でも私クイーンって全然知らないのよ。曲とか分からなくても楽しめる?」
「分かるよ。多分、ほとんどの曲知ってるはずだ」
「どうかしら?私洋楽は全然聴かないのよね」


 と言っていた栞だが、見終わった後は泣きはらした目が真っ赤で鼻も真っ赤で、場内が明るくなっても泣き止まない。
「信じられない。曲全部聴いたことあった」
 そう呟いて少し笑った。
「私、どうして、聴いてなかったんだろう」
 そう言うとまたボロボロと涙を零す。
「聴けたのに、見られたのに、私あの時、何してたんだろう」
 しゃくりあげながらそう続ける。
「多分子育てしている最中だったんだと思う」
「……そう、なのかしら」
「そういう世代だよ」
「ハル君は、見た?」
 そう訊かれて頷く。
「どこで?」
「大阪」
「……誰と?!」
 そう訊かれて、つい吹き出した。何十年前の話だ。

「最後のライブは?見た?」
「ライブエイド?テレビで見たよ。LDも買ったし」
「LD?今でも観られる?」
「いや、ソフトもハードもぶっ壊れた」
「じゃあもう観られないの?」
「今は多分DVDとかBRで出てるんじゃないかな」
「持ってないの?」
「買ってない。結局、記憶以上のものではないからな。いまさら買う気にならない」
「そうなの?」


 そんな話をしているうちになんとか涙も収まり、劇場を出てショッピングモールの楽器店を探す。今日の俺の目的は映画よりもこっちだ。
 栞はここには初めて来たらしく、賑やかに飾り付けてあるテナントが楽しいようで歩くのが遅い。
 このバッグが可愛いとかこの靴履きやすそうとか本屋さん寄っていい?とか、別に急いでるわけでもないので適当に付き合い、やっと楽器店のテナントに辿り着いた。
「あら、楽器屋さん」
 やっと俺の目的が果たされる。
「栞、その辺の適当なキーボードでいいから、さっきの映画の曲弾いてくれないか?」
「え?さっきのって?どの曲?」
「ママーってやつ」
「あっ……」
 映画を思い出したらしく、栞が胸を押えた。
「弾ける?」
 そう訊くと、頷いた。

 似たようなキーボードが並び、壁にはギターが貼り付けられ、金管木管がずらりと並んで、他の楽器も様々展示されている一番奥に、グランドピアノがあった。
 小さな椅子を引き、栞が座る。横に俺が立つのを待って、俺を見上げて、鍵盤に指を置いた。
 そして俺を見上げたまま、力を込めてその鍵盤を落とす。フレディの弾いたあの音をゆっくりと一小節弾き、鍵盤に目を落として次の一小節を続けた。
 指一本一本確かめるようにゆっくりだったので、間違ってないよと言う代わりにそれに合わせて俺も小さい声で歌詞を呟いた。
 ママー、から。
 さっき映画で何度か聴いただけの楽曲をよくキーもコードも間違わずに弾けるもんだなと感心しながら俺はカラオケのように歌っていたが、栞は最初のパートが終わる前からまた泣き始めた。
 そんなにか?!と俺はびっくりして、歌の終わりはつい笑い声になってしまった。
 一応区切りのいいところまで弾いて指を離し、栞はポケットに入れていたハンカチを急いで取り出して目を覆った。

 すると直後、周囲から拍手が巻き起こった。
 驚いて見回すとピアノの周囲にはいつの間にか人だかりが出来ていて拍手喝采の渦の中。何人かは泣いていた。その手には今観てきた映画のパンフレットがあり、栞と同じくここで再び感動したようだ。
 ただ栞も突然の喝采に驚き涙も感動も途切れたようで、怯えたように俺を見上げる。俺もただ運指を教えてもらおうと思っただけなのにこれじゃ無理だ。
 出ようか、と合図すると栞は頷き、するりと席を離れてその楽器店を後にした。


「もしかして、ピアノ弾かせるのが目的だった?」
 もう涙も止まった栞に、駐車場に向かう道すがら訊かれた。
「それもあったけどそれだけじゃない」
「まだあったの?」
「弾いてもらって、教えてもらおうと思ってた」
「……あの楽器屋さんで?」
「あんなに狭いと思わなかったなぁ」
「広くたってこんな短い時間じゃ無理でしょ」
「そうか?フレディ簡単そうに弾いてたぞ?」
「ものすごく上手だからよ。簡単そうに見せるのがプロなのよ」
「そんなもんか?」
「ハル君の剣道だってすごく簡単に一本取るじゃない」
「俺は強いから」
「そういうことでしょ」
「そうか?」
 よくわからないまま車に戻ってしまった。

「あれ、短い時間でマスターするのは無理か?」
 車を走らせてからまた訊く。
「集中したらできると思うけど、でもまた楽器店で弾いてもあんな風に集まってきちゃうんじゃない?」
「どこか客のいない楽器店はないのかな?」
「そんなに弾きたいならピアノ買えばいいじゃない」
「……ああ、そうか。そんな話もあったな」
「ね!ハル君の家にピアノ置いて私が通うのよ!」
「そんな話だったか?」
「そう!ピアノ買いに行きましょう!」
「……でも俺もうでかい家具いらないから、買うとしてもさっきの店先にあったキーボードぐらいだよ」
「それでいい!そうしましょう!」
「しかもマシなキーボード買うとなると、このツーシータのトランクじゃはみ出してカバーが閉まらないから今日は買えない」
「今から帰って車乗り換えたらいいじゃない。キーボードが乗せられる車あるでしょ?」
「トラックかレクサス」
「レクサスでいいじゃない!」
「んー」

 と押し切られて、車を乗り換えることになった。
 家に帰るまでのBGMは栞のリクエストにより当然クイーンを流す。
 どの曲もどの音もどの声も、さっきの映画が思い出されて栞は延々と泣いていた。泣きながら呟く。
「……本物の、ライブが観たいわ。本物のフレディの」
「ネットの動画にいくらでも上がってると思うぞ」
「後で見せてくれる?」
「いいよ」
「ありがとう」
 笑い声で礼を言い、また涙を零した。




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