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Category: JOY  

 加藤社長に、誰?と睨まれ、浅井です、本社の、と今日何度目かの自己紹介をする。髪を切っただけで誰にも一目で浅井だと認めてもらえない。
 そういえば母は髪も切って眼鏡も外していた自分を名も問わずにいきなり怒鳴りつけた。娘の顔は見間違わないということなのだろう。それを愛情と思う人は思うのかも知れない。などと瞬時に考えたりしていると加藤社長が顔を顰めたまま、本当に浅井さん?と訊いてくる。扉が開いたので一緒に乗り込みながら、浅井です、と頷くが社長は顔を顰めたまま。
「髪を切ったら誰もわかってくれないんです」
 と浅井も眉を顰めると、やっと頷いてくれた。

 田村社長も強面だけれど、加藤社長も相当に怖い顔をしている。体格的にはよく似ているのだけれど、顔付きは別の怖さがあり全く個性が違う。
 田村社長は睨んだ顔が鬼のように凶悪で恐ろしいのだけれど、加藤社長は能面のように素の顔に表情がなく目が死んでいて恐ろしい。
 二人とも社員思いの優しい経営者だということは長年の付き合いでよく知っているが、突然ばったり出会うといまだにおののく。
 そんな浅井の様子に気付かずに社長が訊いてきた。
「入院してたのか?先週いなかったもんな。段取りの悪い事務員しかいなくてぐちゃぐちゃだったよ」
「いえ、入院はしてないです」
「見た目入院患者だろ、それ。先週の忘年会で飲み過ぎて胃でも壊したか?」
「いえ、私は今朝搬送されてきました」
「今朝搬送?昨日飲み過ぎたのか?」
「いえ、あの、会社で、」
「……あ」
 社長が急に浅井を向き直った。

「あれ?田村んとこの大沢が、運ばれたんだよな?ここに。女に刺されたとかで?」
「……はい」
「今朝うちの若いモンたちもそんな連絡が入って騒いでたんだけどな、そういえばあんたの名前も出てきてたんだよ」
「ええあの、私も、」
「大沢と若い事務員が付き合ってるところにあんたが手出したとか?」
「……」
 またそれか、とまた眉を顰める。その顔を見て社長が頷く。
「な。アホらしい。浅井さんが大沢なんかを相手にするわけないだろって怒鳴っておいたわ」
「え」
「おおかた浮気の言い訳にあんたの名前出したんだろ。姑息な男だな大沢。刺されてろってんだ」
「えー……。それはちょっと……」
「それでなんか知らんけど、緊急役員会議だとかで田村に呼び出されてな。大沢の病室集合ってさ」
「役員会議?」
「思い付きでそういう電話してくる奴なんだけどな。今日は佐々木もいるとかで、俺もちょうどこの辺りの現場だったからさ」
 確かに社長はいつもの作業着でユニフォームのジャンパーを着ている。入院患者のお見舞いの服装ではない。
「……役員、会議」
「うん。それで、あんたもまさか一緒に怪我したの?」
「ええ、はい」
「……本当に?」
 珍しく驚いた表情で社長が浅井を覗き込んだ。
「その包帯、肩でも斬られたか?」
「はい」
「……なんだそれ?大沢のせいだな?」
「いえ、いえ、違います!」
「大沢が適当な言い逃れするから巻き込まれたんだろ?あの野郎、俺がこれからぶっ殺してくるわ」
 死んだ目のままそう言い捨てるので本当に怖い。
「違います。違うんです。大沢君と私が、付き合ってるんです。それを栗尾さんが勘違いして、」
「ちょっと背が高いからっていい気になって事務員なんかに手つけるからこんなことになったんだろ」
 必死に説いても聞いてない。
「つけてないと思いますよ。付き合ってないって言ってましたよ」
「じゃあなんで刺されてんだ」
「栗尾さんが勘違いして、」
「あの使えない事務員だろ?あれと大沢が付き合ってんだろ?」
「違います。大沢君と付き合ってるのは私です」
「そうだろ?大沢が、……え?」
「私が、大沢君と付き合ってます」
「……え?大沢と、」
「私が付き合ってます」
「……」
 加藤社長が止まった。

「……大沢と?」
 死んだ目のまま社長が訊いてくる。頷きながら答えた。
「付き合ってます」
「大沢と?」
「大沢君と」
「浅井さんが?」
「はい」
「本当か?」
「はい」

 社長は目を逸らし一度首を傾げてから、ちらりと浅井を見た。見たことがないような優しい目で。そして呟いた。


「良かったな」


 そこでエレベーターが止まり扉が開いた。そこに佐々木社長と田村社長がいた。
「おう、そろそろ来ると思って迎えに来た」
「ああ、浅井さん。お母さんは帰られた?」
 社長二人が同時に口開いたが、浅井は佐々木社長の方に応えた。
「はい。今タクシーで、」
「大沢はどうなの?」
 加藤社長は田村社長に訊く。
「うん。おかげさまでなんとかなった。若いしすぐ退院できるだろ」
「遠くからわざわざ来ていただいて本当に申し訳なかったね」
「いえ、そんな、」
 会話が二手で同時進行していたが、次の加藤社長の質問で纏まった。

「それでその大沢が、浅井さんと付き合ってるってのは、お前知ってたのか?」

「え?」
「え?」
「え?」
「あ、俺?知らなかった。ついさっき大沢に聞いたっていうか、息子に聞いた」
「俺も知らなかった。何回も浅井さんに聞き直したよな?」
「……はい」
「それでいつから付き合ってるの?」
 加藤社長に振り向かれて死んだ目で訊かれる。昨日今日とは言い辛いのでちょっと盛った。
「……ここ2,3日です」
 そしてこの答えに、社長三人は絶句した。

 しばらく沈黙した後、佐々木社長が顔を顰めて田村社長に釘を刺す。
「……ちゃんと大沢を監督しろよ」
「なんだよ監督って」
 加藤社長が真っ黒い目で田村社長を見詰める。
「またこんな女に刺されるなんて不始末起こしたら、ぶっ殺すぞ」
 すると田村社長が笑った。
「そんなことになったら先に俺がぶっ殺すわ」
 それならヨシ、と三人笑って頷く。なんて物騒なんだろう、と浅井は横で肩を竦めている。

 そんな物騒な会話で笑う三人の社長が浅井を振り向いた。
「これから上の喫煙所で臨時株主総会を開催するから。ここで失礼するよ」
「株主総会ですか」
 浅井が笑うと、加藤社長がほんの少し笑みを見せた。
「……大沢とは思わなかったけど、田村がいるからなんとかなるよ」
 よく意味がわからず首を傾げる。
「うん。あいつが何かやったら俺がいくらでも殴ってやるからいつでも電話してきて」
 田村社長がそう続け、また物騒な話だと浅井が笑う。
「浅井さんには幸せになってもらいたいと思ってるんだ。俺たち」
 佐々木社長がそう言って、な、と同意を求めると二人が頷いた。


 そうだった、とその時思い出した。

 社長は自分の事故のことを知っていた。知っていて採用したのだと、部長が言っていた。即決だったと。
 佐々木社長が知っていたのだから、田村社長も加藤社長も当然知っていたのだ。

 始めから、
 見ず知らずの縁もゆかりもない、何の力もないひとりぼっちの不幸な小娘だった自分を、何も言わず何も知らせず今までいたわって支え続けてくれたのだ。
 この社長たちは。

 自分一人で生きていくなんておこがましい。
 一人でなんて何もできない。何もできなかった。
 私はずっと周りのたくさんの人に支えられていたのだ。


 それじゃ、と軽く手を上げて三人の社長が階段を上っていく。

 涙で声が詰まって何も言えず、浅井は深々と頭を下げた。



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