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9-2

Category: INFINI  

 新幹線に乗り、延々と時間を潰した。
 これから函館に行きいずれ朱鷺のいる札幌に向かうつもりなので北海道のガイドブックを買ったのだが、どのページを開いても何も頭に入ってこない。元々馴染みのない場所だ。何度か旅行で訪れた観光地がいくつかあるだけでそれで北海道を知っていると言えるはずもない。とりあえず函館から札幌に向かう手段を探ろうとページを手繰っても、美しい観光地の写真が大写しになっているだけで見つけられない。
 春の札幌、まだ雪の降ることもある寒さ!と、大きな文字が躍る。
 寒い札幌で朱鷺ちゃんは今頃どうしてるのかな。そんなことをぼんやり考えてしまう。
 夜の大通公園。暗い街に白い灯りと白い残雪。こんなところを歩いてたりするのかな。まだ雪の残る道を一人でどこかに向かって。そこで出会えたらいいのに。そこで出会えたらもう絶対離れないのに。寒い札幌でずっと一緒にくっついているのに。たとえ朱鷺ちゃんが父さんを好きだとしても。そしてそのまま帰らない。大学になんか行かない。堤たちにももう会わない。広瀬にももう。朱鷺ちゃんと二人きりでずっと。たとえ父さんの方が好きだとしても。それでも僕は構わないのに。
 そんな不可能なことを延々と思い続けた。

 東京駅で乗り換え、その際に気付いてキヨスクでお土産にお菓子を買い、その後の車内でも延々と同じことを思い続けた。何時間も経ち、外も暗くなり、車内でも段々冷えてきて、長いトンネルを潜り、それを抜けても同じように暗い景色が続く。
 じきに終点のアナウンスがあり、ゆっくりと速度を落とし始めた。可愛い曲が流れて停止し多くない客がみんな立ち上がってドアが開くと、一段と冷えた風が入ってくる。冷蔵庫を開けたような冷気に驚く。こんなに寒いの?服足りないかも。とぞっとしてから、立ち上がった。
 寒い北海道に着いた。朱鷺ちゃんのいる土地に。
 結局頭を切り替えることも出来ず朱鷺のことを思ったまま、そこに足を下ろした。

 一歩進む毎に寒さが身体に凍みてくる。一番暖かいコートを着てきたのに寒いなんて。吐く息が白い。こんなところで生きていけない、と身体を縮めて駆け出した。やっと改札に辿り着くと、すぐ前に熊谷が待っていた。その熊谷の横には熊谷のミニチュアが二人。中学生の息子二人とは健介は初対面だが、二人とも間違えようがないほどそっくりでつい笑う。父が大柄でごつい体付きなのに比較して息子二人はまだ小さく細身なのだが、はっきりした目鼻立ちと太い眉がほぼ同じ。おかげで笑みを浮かべたまま挨拶ができた。
「わざわざありがとうございます。お世話になります」
「おお。久しぶりだな。寒いだろ。腹減ってないか?」
 いきなり色々訊かれ、え、はい、と応えるが熊谷は特に聞いてもいなくて息子たちを紹介した。
「こいつが上の涼太でそっちが下の悠太。どっちも中学生」
「こんにちは!」
「こんばんは!」
「あっ!こんばんは!」
「……こんばんは。お世話になります」
「さて、さっそく家帰るけどトイレ大丈夫か?1時間ぐらいかかるぞ」
「はい。大丈夫です」
「荷物持ちます」
「大丈夫だよ」
「でもこの後走るよ」
「走る?」
「寒いから車まで走るぞー!」
「ほらね、持つよ!」
 弟の方にバッグを奪われ、健介もそれを追うように走り出した。まだまだ新しい駅舎は隅々まで新品できれいなのに碌に見物することなくそこを駆け出すと、外はまたさらに一段寒くて雪がちらついていて道の端には雪の小山が残っている。白いライトが照らす駐車場には車がまばらに停まっていて、わりに近くの青い大きなワンボックスの前で子供たちが止まった。
「さて、健介疲れてないか?」
 改めて熊谷が振り向いて訊いてきた。
「いえ。ずっと座ってただけだったし」
「ん。でももし眠いとか横になりたいっていうなら後ろの席で転がってたらいいし、もし景色が見たいとかなら助手席。どっちにする?」
「……じゃ、助手席」
「うん。乗れ」
 そう言って、助手席のドアを開けた。


 景色が見たいなら助手席、と言われたはずなのだが、街灯のある街はあっという間に走り抜け、自動車道と見まがうバイパスを高速で走り抜け、その後は民家も信号もない峠道を延々爆走した。目に映る景色は、整備されていない雑木林、ガードレールの向こうの崖、突然の雪山、雪の中から好き勝手に伸びる木々で埋まる荒れ山。ただ、これらをゆっくり鑑賞できた訳ではない。
 車のスピードが速すぎて恐ろしく、窓の外を眺める余裕がないのだ。しかも熊谷一人ではなく周囲の車が全部同じように速い。これほどの速度で走っていながら前の車に追いつけないし後ろの車もさほど離れない。そして対向車ももれなく速い。街灯の少ない峠道なのだが、だからこそ対向車のライトに気付きやすくむしろ安全かも知れない。
 それにしても。
「どうしてそんなに飛ばすんですか?危なくないんですか?」
 怯えながらそう訊いた。
「ん?飛ばしてないよ。普通だよ」
「普通ですか?」
 その言葉にさらに恐ろしくなる。
「そう。周りみんな同じような速度だしな。これがこの道の適正速度なんだ」
「そうかなぁ……?」
 絶対そうじゃない、と疑っていると、熊谷が笑って続けた。
「言っとくけど、原田はもっと速いぞ」
「え?これより?」
「バイクだけどな。さすがにあいつの速度は危険だから息子から注意しておいた方がいいぞ」
「そんなに?」
「速かったよ」
 後ろにいる中学生がヘッドレストを掴んで会話に挟まってきた。
「こっちもこのぐらいのスピードで飛ばしてたってのに、あっさり抜いていったもん」
「そうだった。緑のバイクで」
「え?いつ頃の話?」
 健介が振り向いて訊く。
「一昨年?その前?」
「3年前。俺まだ中学じゃなかったもん」
「3年前?じゃ、僕中学だ。夏だよね?」
「夏だったよ」
 3年前だと中三の夏?と健介は首を捻る。僕は多分野球やってたんだろうけど、父さん北海道に行ったんだった?行ってたかも。覚えてないけど。
 父の唯一の趣味であり時間が取れると予告なく出掛けるし長期のツーリングでも直前まで知らせないから記憶に残っていない。
「あっさり追い越していってあっという間に視界から消えて、その後家に着いたらそのバイクが停まってるんだもん。びっくりだよね」
「ピッカピカの新しいバイクだったし」
 新しいバイク。
 そういえば、知らないうちに新車に買い換えてたって言ってた。そうか、新車に換えてすぐ北海道ツーリングに行って汚して帰ってきたから買い換えたって気付かなかったんだ!と、今さらそんな謎解きができてほっとする。
「いつもあんなに暴走するの?」
「僕走ってるところは見たことないからなぁ。朝早く出掛けて夜遅くに帰ってくるのを見るだけだから」
「後ろに乗ったりしないの?」
「乗せてくれたこともあったけど、全然安全運転だった」
「そりゃ息子乗せるならそうだろうよ。でも一人の時はひどいぞ。しょっちゅう切符切られてんだろ?」
「切符?」
「スピード違反の罰則切符。警察にたんまり罰則金払ってんだろ」
「ああ。そういえば父さん、無事故無違反の、ゴールド免許?見たことないって言ってた」
「相当だな、それ」
「そうなんですか」

 朱鷺ちゃんを乗せるときは、どうなんだろうな、と思った。
 もちろん安全運転に決まってる。
 もしそうじゃないとしても。
 どっちにしても、何かに刺されたように胸が痛む。

「それで、原田には何て言って出てきたんだ?」
「……」
「家出か?」
「……家出ってわけじゃないけど、」
「じゃあ原田は何て言ってた?」
「父さんには、何にも言ってない」
「親に無断で家出ることを家出って言うんだぞ」
「……そんなつもりじゃないけど」
「後で原田に確認していいか?」
「それは、だめです」
「だめなのか?」
「父さんには内緒にしてください」
「そういうのを家出って言うんだぞ」
「……そっかぁ」

 健介がそう応えると、熊谷がまた笑った。



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