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「あら、息子さんですか?」
「はい。父がお世話になってます」
 派手な美人看護師さんに訊かれて、お母さんと一緒に頭を下げた。
「ご苦労様です。今日はお子さんは?」
「はい?」
「小さなお孫さんがいらっしゃるんですよね?写真見せていただきましたけど」
「あ、ああ。孫」
「可愛い男の子でしたよね?お祖父ちゃんずいぶん自慢してましたよ!」
「……お祖父ちゃん」
「でも小さなお子さんは病院には連れてこない方がいいですもんね。変な病気もらっちゃってもいけないですしね」
 そう言って看護師はにこりとお父さんに笑いかけた。
 そうか。この美人看護師に見せるために夕べ結生の写真が欲しいと言ったのか、このお祖父ちゃんは。

「そうそう。孫は連れてくるなと言っておいたんだよ。変な病気もらうとあれだから」
 他の子供たちは来てないのかと文句言ったくせに、と驚いて振り向くと、いつの間にか布団を被って寝ている。さっきまで起き上がってパジャマに文句をつけていたのに。
「あらぁ。さすがお祖父ちゃん、お優しいですねー」
 美人看護師がにこやかにお父さんのベッドに近付き、布団の上に積まれているパジャマに気付いた。
「あら!新しいパジャマですか?お嫁さんが買ってこられたの?」
 美人看護師はそう言いながら今度はお母さんを振り向いた。
「はい。たくさんあった方が安心ですものね」
 お母さんはにっこり笑って応える。
「そうですよねー!速乾シワにならないなんて、最高ですね!色目も素敵ですしお似合いですよ!趣味いいですねー!」
「いやまぁ、こだわってる訳じゃないけどね。ある程度自分に似合う物は心得てるよ」
 お父さんが偉そうに応えた。ついさっきこんな安っぽ、まで言ったくせに。

 その後看護師は手早く処置を済ませて、明日の手術までのスケジュールをざっくり教えてくれて、それではこちらにお越し下さい、と当然のようにどこかに案内しようとした。
 どこに?と訊く前にお母さんが心得たように看護師についていく。どういうこと?とお母さんに訊くと、先生の説明があるんだと思うわ、と微笑んだ。
 そしてその通り、ナースステーションに担当医がいて奥の面談室に案内され、心電図やレントゲンを示されて説明を受け、手術の意義や方法や危険性や術後の予測などを説明してくれた。
「比較的症状が軽度で手術も大きな物ではないですから、回復も早いです」
 先生はにっこりあっさり、そう太鼓判を押してくれた。
 回復も早い?
「入院期間はどのくらいになりますか?」
「予定では後二日、遅くても一週間ほどかと思いますよ」
「え?」
「その後は定期的に通院していただくことになります」
「一週間ですか?」
「そこまで掛かることはまずないと思いますよ。日帰りされる方もいらっしゃいますし」
「日帰り?」
「身体に負担の少ない治療ですのですぐに日常生活に戻ることができます」
「では一ヶ月入院なんてことは、」
「一ヶ月はないですね。バイパス手術でもそんなに長くなることは少ないですよ」
 と言うことは。
「来週早々には退院ですか?」
「そうなると思います」
 と言うことは、パジャマ三着なんかいらなかった?

「ですので、手術は明日の午後です。ご家族どなたか一名で結構ですので、お越しください」
 え?とびっくりして先生の顔を凝視したのだけれど、それと同時にお母さんが応えた。
「はい。何時から開始ですか?」
「手術自体は午後2時を予定していますが、患者さんにはその前から準備がありますので早めにお越しいただいた方がよいかも知れません」
「何かお手伝いすることはあるんでしょうか?付き添いを望んでいないようなので嫌がるかと思うのですが」
「いえいえ、ご家族のお手を煩わせることは一切無いです。それでしたら、まぁ30分前くらいにお越しいただければ麻酔の時間になると思います」
「はい。そういたします」
「手術は1時間前後を予定しておりますので」
「そうですか」
「以上です。ご質問があれば」
「いえ。お任せいたしますので、よろしくお願いいたします」

 一礼してお母さんが立ち上がったので、僕も続いて立ち上がり部屋を辞去する。
 しかし僕はまだ驚いたままで、お母さんに訊こうとしたらさっきの美人看護師に呼び止められた。

「明日いらっしゃってもし病室にいないようでしたら、こちらにお声掛けて下さいね。今日の明日なんて大変ですものね、無理なさらないでください」
「お気遣いありがとうございます。そうさせていただきます」
「先生もおっしゃってましたけど、難しい手術ではないですから。ご心配なさらずにお待ち下さい」
「ありがとう」
「そんなに珍しくないです。お舅さんの付き添いにお嫁さんが来て、確認だけされて帰られます。それで充分ですのでね!」
「……え?はい」
「それじゃ明日お願いします!」
「よろしくお願いします」

 なんだか色々よくわからないまま挨拶をしてナースステーションを出た。
 しかし、徐々に気付く。
 つまり、つまりつまり、看護師がお母さんを「お嫁さん」と呼んでいたのは、「お父さんのお嫁さん」じゃなく「舅とお嫁さん」つまり「舅とその息子の妻」と言う意味だったのだ!つまりは、僕とお母さんを夫婦と見なしていた!
 という小さな喜びは置いておいて。

「お母さんが来るの?明日」
「そうする。他に誰もいないものね」
「そんな急に、お父さん付き添いいらないって言ってたのに」
「だって手術だもの。心臓だし。万が一ってこともないとは思うけど一応は誰かいなきゃいけないの。だからきっと私たちを呼び出したのよ、あの人」
「あの人?お父さん?」
「そう。家族を呼ぶように先生に言われたのよ。でもお姉さんも調子悪いって言ってたから、あなたに電話したの」
「でも手術のことも付き添いのことも全然言わなかったよ?」
「わざと、……ってこともないわね。多分、どうでもよかったのよ」
「どうでもよかった?」
 そこでお母さんが立ち止まり、僕を見上げて薄く笑って言った。

「だって、入院の第一目的はあの看護師さんだもの。そのために手術するわけじゃないだろうけど、長く入院してあの看護師さんにお世話してもらいたいだけで、家族の付き添いなんか元々お断りなの」


 バレてる。すっかりバレてるよお父さん。


「でも、お陰で心臓手術だっていうのにあんなに元気で楽しそうだし、泣きつかれるよりずっとマシ」
 そう言ってまた歩き出す。
「明日は、用事はなかった?大丈夫なの?」
「うん。明日どうしてもっていう用事はないわ。銀行は午前中で済むし、区役所はまた別の日にできるし、荷造りは夜したらいいんだし」
 そしてまた僕を見上げる。
「大丈夫よ」

 お父さんの浮気性はもうお父さん自身が隠さなくなったしどうやらその前からお母さんは知ってたようだしほとんど一緒に生活したこともないのに娘たちもなぜか昔から当然のように疑っていた。だからこそ家族はお父さんに冷たいのだろうけれど、こんな時には配偶者の義務が発生する。
 病気のことだからしょうがないとは言え、別の意味でしょうがないお父さんが情けなく申し訳ない。

「ごめんね」
 つい謝った。
「どうして謝るの?」
「だって僕のお父さんだから」
 そう応えると、お母さんは笑った。



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