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 デパートに到着して紳士服フロアに向かい肌着下着ホームウェアコーナーに行き様々なブランド棚を無視して、機能別パジャマコーナーで「速乾!シワにならない!」と大きく書かれたシールが貼ってあるセットをバサバサと三着選びすぐに精算した。
 そして振り向いてお母さんがやっと笑った。
「さ、ランチ行きましょう!」
 そんな選び方でいいのかなと思ったけど、笑ってるからいいか。

 最上階のレストランフロアを並んで歩き、やっぱりイタリアンにしようかなとかシャトーブリアンフォアグラのせですって!と指差して驚いたり見てるだけでお腹いっぱいになっちゃったからお蕎麦にしましょうかとか、ほぼお母さん一人で話しながらほぼ一周して結局和食懐石ランチに戻った。結構名の知れた老舗のテナントで小さな秋の盆栽が入り口で出迎えてくれた。
 まだ早い時間で混んでもいないけど遅くなると困るからおすすめランチをお願いして窓際の席に着いて下の景色を眺める。
「全然気付かなかったけど、木の葉が秋色になってきてたのね」
 窓の下の街路樹を見下ろしながら頬杖をついてお母さんがそんなことを呟く。
 周りに誰もいなければその顎を持ち上げてキスするところなんだけどなと思いながら、そうだねと応える。
「ずっと忙しくて景色見てる余裕がなかったわ」
 そう言って僕を見て笑った。
 周りに誰もいなかったら引き寄せて抱きしめてるところなんだけどなと思いながら、僕も笑って頷いた。

 やっとお母さんが笑ってくれたからいまさら気付いたけど、久々のデートだ。
 と嬉しくなったけどこの後すぐお父さんのところに行くんだったと思い出してすぐにへこんだ。

 それでもすぐに食事が用意されて、さすがに秋のお薦めで、松茸土瓶蒸しとか焼き秋刀魚とか栗や銀杏の寄せ盛りとか無花果コンポートとか美しく繊細に美味しくて大満足。器も全て美しくて、お母さんも料理の一つ一つを楽しそうに褒めて口にした。
 食べ終えてすっかり気分良く席を立ち、美味しかったねごちそうさまと笑顔で店を出たのに、次に行く場所を思い出した途端にそれが消えた。
 でもこの後すぐお父さんに会うんだからフォローしておかないと、と夕べの電話のことを一つ教えた。
「お父さん昨日、結生の写真が欲しいって言ってたんだよ」
「結生の写真?」
「うん。一番可愛く撮れたやつを送れって」
「……なにそれ?どうして急に結生のことなんて言い出すの?」
「急に可愛くなったんじゃない?」
「どういう意味?あの人子供になんて興味ないじゃない?」
「入院して寂しくなったとか?」
 僕が呑気にそう言うとお母さんが立ち止まった。
「……ねぇまさか、」
「え?」
 僕も立ち止まった。
「新居に同居したいなんて言い出さないわよね?」
「いや、ないと思うよ」
「本当?絶対?」
「多分絶対」
「多分絶対ってどっち?」
「どっちかって言えば絶対寄り」
「本当?」
「絶対」
 最後にはそう言い切った。なぜならお父さんが僕に家を建てろと提案したのは、お母さんとの同居を避けるためだったのだ。
 いまだに女王の店に通っているのかどうかは知らないけれど今さら孫と同居してその成長を楽しみにするいいおじいちゃんになれるはずもないしなりたくもないはず。
 という絶対の理由をお母さんに告げるわけにもいかずにそこで会話を終えた。

 それからはあまり会話も弾まないまま病院に直行。初めて来る総合病院で駐車場にも病棟にも病室にも迷いながら、やっと辿り着いた。お父さんに聞いた部屋番号のドアをノックする。二人部屋のようだけどネームプレートにお父さんの名前しかないので実質個室らしい。返事が聞こえて中に入ってみると、ベッドの上で病人は退屈そうに新聞を広げていた。
「遅かったな。あれ?二人だけか?他の子供たちは来なかったのか?」
 そう顔を上げたお父さんは、全然顔色も悪くなく痩せ細ってもいなく綺麗にヒゲも剃っていて髪も整っている。着ているパジャマは紺色でブランドエンブレムの刺繍が胸元のポケットに施されており、これまですれ違った入院患者が着ていた薄手の水色患者服とは全く違う。なので、まるで病人には見えない。
「……元気そうだね、お父さん」
 ついそう言ってしまい、元気なら入院してない、と叱られた。
 それでどんな具合ですか?とお母さんが訊くと、新聞を畳みながら応えた。
「明日手術だ」
「明日?手術?手術必要なほどだったの?」
 ついびっくりしてそう訊いた。
「手術って言ってもカテーテルだからな。部分麻酔だし歯医者みたいなもんだ」
「そうなの?」
「うん。この年になればみんなやってるよ。大したことじゃない。心配いらないよ」
「そうなんだ」
 結構肝の据わっているお父さんに感心する。
「だから付き添いもいらないが、パジャマだけは洗って交換してもらいたいんだよ」
 ずいぶんしっかりしてるな、と思った。お父さんってこんなに聞き分けのいい人だったんだ。一ヶ月も入院ならもっと我が儘言うんだろうなと多少の覚悟はしていたのでほっとした。洗濯くらいならまだいいのかなと振り向くと、お母さんは怪訝な顔をしている。
「それが買ってきたパジャマか?」
 お母さんの持つ紙袋を見てお父さんが手を伸ばした。
「はい。入院生活に最適な機能の物を選んできました」
 お母さんがそう言いながら紙袋からパジャマのセットを三つ取り出してお父さんの膝元に並べると、その途端眉間にしわを寄せて文句を言い出した。
「なんだこれは?柄がなんにもないのか!しかもこんな安っぽ、」
 まで言ったところで、ドアがノックされて看護師が入ってきた。


「失礼しまーす!お注射の時間でーす!」


 元気な笑顔で大声の看護師。
 若くて色白で目が大きくて口も大きくばっちりフルメイクで結んだ長い茶色の髪はストレート、胸が大きくて腰が細くて脚も細いその看護師さんがにっこり笑うのを見た瞬間に、お父さんはパジャマの文句を引っ込めてニヘラと笑った。

 その緩みきった笑顔を見て、思い出した。



 そうだ。お父さんは面食いで風俗通でSMも嗜む老人だった。
 この入院の目的は、心臓疾患治療だけじゃない。恐らく。



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