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 朝食を食べ終わりみんなで車で出掛けた。
 新居に近付くと、足場とネットが外れているからその黒い姿がすっきりと見えてきて、車の中で歓声が上がる。
「黒ーい!」
「うわー!かっこいー!」
「あーわー」
「目立つー!」
「本当に黒いのね」
「本当に黒いよ」

 到着して車から降りると木材の匂いが漂い、そんな中でしばらくその黒い姿を見上げた。確かに正直スタイリッシュでかっこいい、と多分八割方欲目のうぬぼれで頷く。
 それから中に入ると木の匂いがさらに強くなり、嬉しくなる。各々の部屋を確認にまわり、僕も自分の部屋に入ってみるけどやはり今の部屋と変わらないレイアウトでなんとなく新鮮味がない。新築だというのに模様替え程度の変化しかない。いいんだけど。
 それから全部の部屋を巡ってみて、完成したら隠れてしまう部分なんかを写真に撮ったりして、柱に抱きついたりして、見学終了。

「この前まで屋根と壁と柱しかなかった感じだったのにね」
「あっという間に部屋が出来てる」
「思ったより狭い感じがするけど、気のせい?」
「物が入ると広くなるよ」
「物が入るのに?」
「なんでだろうね」
 みんなでなんだかうきうきと話を続ける。
「私やっぱクロスはボタニカルに変えてカーテン選ぼうかなぁ」
「カーテン屋さん見に行く?」
「机も見たいし家具屋さんがいいよ」
「そうだよ。あそこの近くにイタリアン出来たじゃない?」
「そこでランチ食べてからカーテン見に行く?」
「いいわね。私もベッドが見たいわ」

「お母さんはだめ」
 しれっと娘たちの予定に挟まっているお母さんを諫めた。
「これからお父さんのところに行くんだから」
 そう言うと、また僕を睨んで小声で歯向かう。
「……証券渡すだけなのよね?和臣君一人でも、」
「僕だけじゃだめなんだ。お母さんに用があるんだって」
「……」
 お母さんはものすごく嫌そうに顔を背けて、ちょうどそこにいた果維も誘う。
「果維も行かない?」
「ごめんね。お昼から星奈ちゃんと約束があるんだ」
 あっさり断られた。

「あーあ、お母さん可哀想ー。イタリアンのランチお預けー」
「私たちもまた今度にするよ。お母さん頑張ってきて!」
「また今度行こう!」
「……いいわよ。あなたたちでランチに行ってらっしゃい。また行けばいいんだから」
「そうだね!」
「そうだね!」
 娘たちは半端な社交辞令を口にしてさらにお母さんを落ち込ませて、新居を後にしてまた家に戻りみんなを下ろして二人でお父さんの病院に向かった。


「……それで、あの人が私に用って何のこと?」
 走り始めてしばらくしてから、お母さんが顔も向けずぼそっと小声で訊いてきた。
「うん。パジャマが欲しいんだって。僕趣味とかサイズとか知らないし。お母さんに訊けってお父さんが」
「私だって知らないわ」
「え?」
 ちょっと驚いて隣のお母さんの顔を覗き込んでしまった。
「あ、そっか。別居して長いからね。サイズなんか昔とは変わってるよね」
 すぐにそう納得して前を向いたけど、それもあっさり否定された。
「元々知らない。あの人の服なんて買ったことないもの。靴下すら買ったことない」
「え!」
 さらにびっくりしたけど、もう危ないので横は向かない。
「だって元々全部一人でやってた人でしょ?それに単身赴任長かったし」
「……そうなんだ、ね」
「だから私に訊かれても困るわ。和臣君の方がわかるんじゃない?サイズはあなたより少し小さい感じ?」
「多分ね。それで、どんなデザインとか素材とかがいいのかな?」
「前開きで綿100%じゃない?」
「どんなデザインがいいのかな」
「無地でいいんじゃない?」
 お母さんがものすごく冷たく投げやりなので、僕はつい笑った。しかしお母さんはまだ冷たい声で訊いてきた。
「でもパジャマって病院でレンタルできるんじゃない?」
「そうなの?」
「だってお洗濯だってしなきゃならないし二着や三着じゃ間に合わないでしょ?」
「それもそうだね。どういうことかな?お父さんに訊いてみて」
「私が?」
 また嫌そうな声を出したので、また笑った。
 そして結局嫌々携帯を取り出して操作して耳に当てる。そして多分ベッドの上でヒマなお父さんはすぐに出た。

「……はい。今向かってます。それで、ええ。聞きましたけど、レンタルがあるんじゃないんですか?どうして?……。……。誰がするんです?……。……。とても忙しいのですが。毎週。来週も。再来週も」
 お母さんの声がものすご――――――く低い。
「今日はたまたま時間が作れましたけど、今後はわかりません。お姉さんも調子が悪い?それならお手間掛けられないんですからレンタルにしたらいいじゃないですか。その方が清潔ですし」
 とてもいたたまれなくなり、停められる場所を探して車を寄せて電話を代わろうとした。しかしハザードを点けた途端に会話が終了した。
「わかりました。3着ほど見繕って持って行きます」
 そしてすぐにぷつりと切った。

「ど、どうなった?」
 恐る恐る訊いてみると、お母さんは無表情に携帯をバッグに片付けながら応えた。
「3着買っていく」
「……来週とか再来週とか言ってたけど、」
「洗濯して持ってこいですって」
「ああ。どうするの?」
「行かないわよ」
「レンタルするって?」
「しないって」
「どうして?」
「あんな年寄りくさいもの着れるか!ですって」
「え?年齢別じゃないよね?」
「そうよ」
「てかお父さん老人だよね?」
「そうよ」
 僕は笑っているけどお母さんは怒っている。

 とりあえず、ご機嫌を取ろうと思った。
「この先にデパートがあるから、そこでパジャマ買ってレストランでランチ食べよう。イタリアンに行きたかったんでしょ?」
「イタリアンはまた今度行くからいいわ」
「ステーキ」
「そんな気分じゃない」
「お寿司」
「それも違う」
「フレンチ」
「んー。違うかなぁ」
「和食懐石」
「……それならいいかな」
 決まった。



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