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8-4

Category: JOY  

 恰幅のいい身体をダークスーツに収め、年の割に毛量が多いが染めていないので半分白く、柔和な顔立ちではあるがその肩書きのせいか迫力がある。
 社長の姿を見るのはずいぶん久しぶりだった。先日の忘年会にも出席していなかったしその前に会ったのもいつだったか思い出せない。そしてここ一週間は浅井が欠勤していた。かと言ってご無沙汰してましたという挨拶もおかしいだろうと浅井はまた悩み、一応握った大沢の手を離して布団に入れてやる。
 その間に社長が窓際の田村社長に気付いてすぐに声を掛けた。
「田村、大沢君の具合はどうだ?」
「危篤。今晩が峠」
「いえ!無事です!手術終わって回復してます!」
 間髪入れずに田村社長がとんでもない返事をしたので、直後ベッドの上の大沢が身体を起こせないまま声を上げた。
 それを聞いて慌てた社長が大沢を向き、それからその横にいる母と浅井に気付いた。そしてその場で姿勢を正し、深々と頭を下げた。

「お母様ですか。星川商事代表の佐々木です。この度は当社の社員が大沢君に大変な怪我をさせてしまって、」
「え、えぇあの、なんとか手術も成功しまして、この通り無事ですので、」
 母も恐縮して頭を下げる。
「本当に申し訳ありません。当社の社員と申しましたが実は私の姪でして、全く監督不行き届きでした」
「姪?姪御さん?ですか?」
「ええ、そうなんです。いえ、私も姪が田村のところの大沢君とお付き合いがあるとは全く存じませんで、それがまさかこんな、」
「いや!ないです!ないですよ社長!全然ないです!全然付き合ってないです!」
 今度は田村息子が間髪入れずに否定した。

「……え?」
 そこで社長が顔を上げて田村息子に目をやり、流れで浅井に目をやり、そしてまた田村息子に目を戻し、続けた。

「……妹の話では、妹というのはその姪の母親だが、姪と付き合っているはずの大沢君がうちの浅井さんと何やらあったとかで、思い余ってあんなことを、」
「全然違います!大沢と付き合ってんのは浅井さんです!」
「え?そんな話は聞いてないぞ」
「そりゃ誰にも言ってないですから!なぁ大沢!」
「そうなのか大沢君?」
「……はい、そうです」
 顔も出せないままそう返事をする。
「そうですって何だ?どっちだ?」
「浅井さんです」
「何がだ?」

「おい」
 社長と息子と大沢ががちゃがちゃ言い合ってる中に、田村社長が割り込んだ。
「そんなことは浅井さんに訊いたらいいだろ」

 それを聞くと佐々木社長が一瞬押し黙り、少し俯いた。

「もちろんこの後訊きに行く。本当に、浅井さんにも申し訳なくてな。理由があったとしても、姪がまさか先輩に対してあんな、」
「縁故採用なんかするからだ」
「そういう訳じゃないし、今は関係ないことだろう」
「そう思うか?お前の姪のせいで事務所が荒れてたんじゃないのか?」
「荒れてた?」
「訊いてみたらいい。その先輩に」
「……何言ってる?」
「そこにずっと、その先輩事務員が立ってるだろ」
「なに?」

 そして田村社長が浅井を示した。
 目で追った佐々木社長がまた浅井をじっと見た。

「……先輩?」
 わずかに眉を潜めて訊いてくる。
「……はい。浅井です」
 頷きながら、応えた。

 社長が一歩踏み出し驚いて、また訊いた。
「あ、浅井さんか?」
「はい。浅井です」
「あ、ああ、髪切ったのか?そうか、そういえば浅井さんか!」
「はい。浅井です」
「そうか?本当に浅井さんか?」
「はい。浅井です」
 何度も繰り返し名乗り、社長はやっと納得した。

「怪我は?大丈夫なのか?」
「はい。肩だけです。治療もしてもらったので、」
「どのくらいの傷だ?大きいんだろう?ずいぶん包帯を巻いてるようだし、」
「どうでしょう?私もよくわからなくて、」
 浅井は少し笑った。
「わからないって何だ?今は痛みはないのか?」
「痛みはないです。刺された時もよく分からなかったし、救急車に乗せられたことも覚えてないですし、治療された時も意識はなかったので傷の大きさとか分からないですね。気付いたら包帯巻かれてました」
 浅井は笑ってそう報告したのだが、その場にいる全員言葉を失った。

「……ずっと、気を失ってたの?」
 大沢の母が訊いた。浅井は微笑んで頷いた。
「そうですね。恥ずかしいですけど事務所で多分倒れて、その後は何も分からないです」

「本当に申し訳なかった」
 社長が浅井の横に来てまた深々と頭を下げた。
「いえ、あの、私もまだ全然事情がわからないので、」

「お前の姪が浅井さんとうちの大沢を刺した。今わかってる事実はこれだけだ。悪いのは100%お前の姪だというのが、現在この場での結論だ。丁度たった今出たところだ」
 田村社長が佐々木社長にそう突きつけた。
「うん。そうだな。本当にそうだ。申し訳なかった」
 頭を下げて謝る佐々木社長に対して、田村社長がさらに続ける。

「まぁ、大沢もなんとかこうして助かったから良かったが、今後もしっかり保障してもらうし事情もきっちり説明してもらう」
「わかってる」
「さらにもう一言言わせてもらうが、今朝方お前の所の唐木部長から取引停止の通達が来た」
「え?」
 佐々木社長が驚いて顔を上げた。浅井も驚いて田村社長を凝視してしまった。唐木部長とは今朝方浅井が辞職願を申し出た上司だ。
「なんか知らんが、大沢のような社員を使ってるような下請けは金輪際使わないとさ」
 まさか、その辞職願のせいで?私が大沢君と別れると言わなかったせいで?と浅井が内心慌てているが、社長二人は呆れたように続けていた。

「使わないも何も、お前のところは別法人にしているだけで俺と一心同体だろうが」
「そんなことは自分のところの部長に言えよ」
「知ってるはずだろ?俺とお前と加藤でこの商売始めたことなんか社歴に載ってることだ!」
「だからお前のところの部長に言えって言ってんだよ」
「まったくあの部長は……」
 佐々木社長がため息をついた。

 浅井は口元を押えて目を逸らし俯いた。
 忘れていた。この社長たち三人はビジネス上一心同体だった。
 いや、忘れていたというより、こんな呼び捨てでタメ口で言い争う程に対等だとは思っていなかった。
 確かに社歴には創立当初からの取引があると記されてはいる。ただそれだけで、これまで社長同士が話しているところすら見たことがなかった。
 田村社長と加藤社長が親しいのは知っていた。それは同じく下請け同士の連帯なのだと思っていた。佐々木社長とは元請け下請けの関係だと思っていた。

「構わんけどな。そういうことするなら俺と加藤の持ち株全部放出してやる」
「悪い。悪かった。勘弁してくれ。それをされるとうちは潰れる。それと、もう一つ。浅井さん」
「は、はい、」
 驚いて呆然としているところに声を掛けられまた慌てながら、持ち株ということは田村社長も加藤社長もうちの会社の役員ということなのかとさらに混乱する。
「その唐木部長からさっき聞いたんだが、君退職するつもりか?」
「え、はい」
 混乱したまま、とりあえず頷いてそう応えた。


「え?」
「辞める?」
「本当か?」
「退職?」
「辞めるの?」
 全員に驚かれ口々にそう言われて、浅井はびっくりして肩を竦めた。

「なぜだ?何の理由で辞める?やはり姪のことか?」
「まじで?先週浅井さんいなかったせいであちこちでトラブル発生してたのに!」
「会社辞めるなんて、なんで突然!」

 一斉に詰問されて、答える言葉が思い付かず口ごもる。なにしろ自分自身でもなぜ辞めようと決めたのか既に思い出せない。

「浅井さん。姪のことだとしたら、今日を限りに二度と会社にも浅井さんにも近付くことはないです。私が保証します」
 社長が浅井を真っ直ぐ見詰めてそう訴える。
「いえ、そういうことじゃなかったと、思います」
 浅井はまた混乱したままそう応える。
「思います?」
「えーと、」
 考えをまとめるために、両手で顔を押えて目を閉じて絞り出した。

「……先週、部長に会社辞めるように勧告されました。その理由は、……あ。社長ご存じなかったんですよね。……部長の、独断だったんですね」
 思い出しながらぽつりぽつりと言葉にする。
「部長に、勧告?」
「社長と、縁続きのお嬢様が、大沢君と交際したいので、私は手を引くようにと、」
「俺?」
 大沢が挟まる。

「待て。つまり、姪か?姪が大沢君と交際するために、浅井さんに辞めろと言わせたのか?部長に?」
「いえ、……大沢君と交際させたいので、私には別れるようにと、できないなら会社を辞めてもらうと」
「何?!やはり姪か!」
「あ、……そう、ですね」
「あいつ……」
 社長が頭を抱えて俯いた。

「なんだそりゃ。浅井さん辞めさせるならやっぱり俺と加藤の持ち株放出するわ」
 田村社長が腕組みをして顎を上げ、佐々木社長を睨んでそう脅した。
「いや、もう勘弁してくれ。姪は辞めさせるし事によったら唐木部長も何らかの処分を科すし、浅井さんには残ってもらう」
 社長にそんなことを一気に告げられ、浅井はまた驚いて絶句する。
「そういうことだから浅井さん、残ってくれ。君に辞められると会社が潰れる」
「……そ、うなんですか?」
「そう。頼む」
 そう言って社長がまた頭を下げるので、浅井は焦って応えた。
「あ、あの、わかりました。はい。辞めません」
「ああ!ありがとう!」
 ぱっと頭を上げ、社長がほっとしたように笑った。

「優しいな、浅井さん。普通ここで給料倍にしろとか有給倍にしろとか昇進させろとか条件付けるもんだぞ?」
 田村社長がまだ怖い顔で浅井にそう忠告する。
 そんな、と浅井も苦笑して首を振った。


 そして、笑っている自分に気付いた。
 大沢も横で笑っている。
 今朝出社してからたくさんのことがあって、長い時間が経っているような気がする。
 様々な感情が胸の中で吹き荒れた。辛くて悲しくて苦しくて怖かった。
 そして、今笑っている。
 嘘みたいな一日。
 自分が笑っていることで、全て終わったような気がした。全部解決して一日が終わったような気がしていた。


 その後少し静かになったところで、またノックの音が聞こえた。
 すぐにドアが開けられ、顔を覗かせたのは浅井の母。
「娘がお邪魔しているそうですが」


 母のその低い声を聞いただけで、浅井の顔から笑みが消え、身体が強張る。

 終わってなんかいなかった。



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