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美しい女


 今日も昼過ぎにゲリラ豪雨があり夕方になっても不安定な空模様のままで、夜に成年部の稽古があったのだが集まりも悪く全員早々に引き上げていった。深夜にかけてまた雨が激しくなる予報なので俺もさっさと道場の戸締まりをして早々に自宅に引き上げた。
 明日の天気も晴れ時々曇り所により雷雨などと予報とも呼べないような予報が出ているが、それでもいつものように早朝に起きて山に行く予定でいるのでいつものように早々に夕食を終えて風呂に入り9時には寝室に向かった。

 二階の寝室に向かう階段を上っている途中で、突然屋根を叩く雨の音が激しくなった。またしてもゲリラ豪雨。
 今年は多いな、と思いつつ、明日山に行けるかな、と心配した後に、ふと振り向いた。
 もしかしたら、また。

 引き返して階段を降りて玄関に向かい、靴脱ぎに降りて引き戸を開けると、案の定軒下で娘が雨宿りをしていた。
 つい先日の突然の豪雨の時にもここで雨宿りをしていたのでもしやと思ったのだ。
 その時もあまりにひどい雨だったので、中に入るか?と誘ったのだが、娘はちらりと睨んだだけで一言の返事もなく雨が上がると同時に立ち去った。
 しかし今はこんな夜更けだ。どこか行くあてがあるのならここには来ていないだろう。

 近所で評判の美しい娘。
 彼女が現れると誰もが目を奪われ、通り過ぎれば誰もが振り返る。
 小さな顔、しなやかな細い身体、大きな吊り目は強気で生意気で、引き締まった口が開くところは見たことがない。笑ったところも見たことはない。
 冷たく気位が高く無愛想なその娘は、若く美しいため常に男たちの争奪戦となった。そしてこの娘も、若くて美しいというのに身持ちが悪かった。
 男たちにちやほやされて、何もしなくても選ばれ守られ養われ、捨てられれば次の男に拾ってもらい生きてきた。
 そして美しい娘は、いよいよ若さを失い、男たちに選ばれなくなり争われなくなり、行き場を失った。

 そして今ここにいる。豪雨の夜、雨を避ける場も失って。

「中に入るか?」
 またそう誘った。
 すると彼女は視線も寄こさず、するりと俺の横をすり抜けてフロアに上がっていった。
 戸を閉めて鍵を掛けてから追いかける。
 廊下で立ち止まり窓を見上げているので、水でも飲むか?とダイニングを開けるとついてきた。

 しかし水を置いても無視して、勝手にソファに座って不機嫌そうに濡れた頭を撫でたりしている。
「喉渇いてないのか?」
 と訊いても当然無視される。

 若い男たちからはもう目も向けられなくなった娘。
 しかし俺から見れば、彼女は今でも若く美しく可愛い。初めて彼女に出会った時からそう思っていたしその気持ちは今でも変わらない。
 俺はずっとこの美しい娘を見てきた。
 そしてこの娘は俺の視線を常に無視した。
 若い男たちに囲まれてもてはやされ何不自由なく暮らしていたのだ。恐らく俺のことなど電信柱程度にしか思っていなかったに違いない。
 ところが月日が経ち、周りから男たちが去り、俺しか残っていないことに気付いた。だからしかたなくここに来た。

 来た以上はそれなりの覚悟があるのだろう?と俺はソファの横に座った。彼女は顔を背けてまだ俺を無視する。
 背けた小さな横顔。カラスの濡れ羽のような美しい艶に惹かれてついその耳元に手を伸ばすと、まだ指も触れる前に気付かれて避けられた。
 顔を少しこちらに向けたが依然として視線は合わせずに、逃げる気満々で腕に力を込めてソファを握っている。

 まぁいいか、とため息をついて立ち上がった。
 好きにしたらいい。居たいのならいればいいし、飽きたのなら出て行けばいい。
 俺は娘をダイニングにおいたまま、寝室に向かった。




 また雨が激しくなった。
 その音に掻き消されたせいだけではなく、娘が足音も立てずに階段を上って俺の部屋に入ってきた。
 まだ寝てはいなかったのだが、全く気配に気付かないまま突然耳を舐められ、心臓が止まりそうになった。
 なんだよ!と驚いて起きようとしたが、次に肩に頭を乗せてきた。
 そこでやっと娘が部屋に入ってきたのだと気付いた。
 脅かすなよ、俺ジジィなんだぞ、と言っても相変わらず無視して今度はもぞもぞと手を伸ばして布団に入ってくる。
 細い指の爪を立てて俺の腕を引っ掻くようにして身体を乗せてきて、脇に収まる。
 さっきまでと全然態度が違うな、と冷やかしても無視して俺の胸に頭を乗せる。半分夢のような気がしていたのだが、彼女の熱と重みが現だと知らせてくる。
 夢ではないようだ。あの美しい娘が俺の腕の中にいる。
 また布団の中でもぞもぞと動き、彼女が俺の上に重なった。
 顔を見せろよ、と布団を捲ると、彼女がやっと俺と目を合わせた。
 だから、俺も腕を回してその痩せた小さな背を抱いた。
 彼女は目を細めてから、俺の顎に鼻を擦り付けて、それから唇を舐めた。
 ずいぶん甘えるんだな、と笑った。
 俺でもいいのか?と彼女に訊いた。返事はない。さらに訊く。

「うちで暮らすか?」
 そう訊くと、彼女が初めて返事をした。







「にゃおん」






   終




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