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※閑話※ 暑い

Category: post SEASONS  

 6時前、目覚ましが鳴る前に須藤が目を覚まし、時計を叩いてからもぞもぞと横の布団を捲って中に埋まっている浅井の身体を探り当て、抱きしめた。
「……熱いな、浅井さん」
「……んん……」
 須藤の腕に締め付けられて、浅井も目覚める。
「こんなに暑いのによく布団被って寝られるね」
「……部屋は、寒いです」
 室内は須藤の快適温度18℃に設定されている。


「……野球、辞めようかな」
「……辞めたらいいと思います」
 布団の中でくっついたまま今朝もまたそんな会話をする。
「な。昨日とうとう40℃超えたし」
「……そんなものじゃないと、思いますよ」
「ん?」
「昨日、ベランダに下げてた温度計、割れてました」
「40℃超えて?」
「50℃まで計測できる温度計」
「まじかー。ここ50℃超えてたのか」
「そうみたい」
「球場もそんなもんだろうなぁ。そんな中で野球って、そのうち死ぬよなー。辞めようかなー」
「辞めたらいいと思います」
「うん。辞めよう」
 そう言いながら、須藤が身体を起こす。
「とりあえずランニング行ってくる」
 そう続けて布団を抜けてベッドを降りた。朝とは言え雨戸を閉め切っているのでほぼ闇の中、横の棚に積んである服をバサバサと着てそのまま玄関に向かう。
 辞める気なんかさらさらないくせに、毎朝暑さに文句を言ってからあっさりランニングに出掛ける。毎朝のことだが、浅井は笑いながらベッドの中からその姿を見送った。
 そして玄関のドアが閉まってから起き上がり、ベッドを降りて浅井も服を着た。窓を開け雨戸も開けるとすっかり日も昇っていて、既に早朝とは思えないほど蒸し暑い。
 今日も試合だ。当然屋外球場で。熱波の中。せめてこのくらいの気温だったらまだいいのに、と思いながらもやはり暑いので窓を閉めた。



 金魚にエサをやって洗顔等を終えてダイニングでお茶を飲んでいると、須藤が帰ってきた。
「暑―――……」
 日焼けした顔に汗が滲んでいる。浅井が差し出したお茶を一気飲みしてから、シャワー浴びるー、と浴室に向かった。そして汗を流す程度ですぐに出てきて、ああー、と叫んだ。
「間違えたー。浅井さーん。ボクサー持ってきて-」
 浴室からそんな謎の言葉を叫ばれ、シンク前で浅井は悩んだ。
 ボクサー?
 誰?
 具志堅?
「トランクス持って来ちゃったー。引き出しのパンツー。テロテロのやつ持ってきて-」
 パンツ?ボクサー?
 とりあえず寝室に入り須藤の引き出しを開け、テロテロのパンツに該当しそうなパンツを掴んで持って行った。須藤は頭をバサバサ拭きながら浅井の持ってきたパンツに目をやり、それそれありがとう、と手を伸ばした。

「……これ、ボクサーっていうの?」
「うん。とりあえず、勝負パンツ」
 タオルを被ったままそう応えながらパンツを履く。
「勝負?」
「外行く時はね。収まりがいいから」
「収まり?」
「収まり」
「そういうもの?」
「そういうもの」
 そしてタオルを籠に放り入れる。
「でも、ボクサーのパンツってこれじゃないでしょ?」
「ん?」
「こんなピチピチでリングに上がるボクサーいないでしょ?」
「ボクサー?」
「ボクサーってボクシングのボクサーでしょ?」
「ああ。そう。そのボクサー」
「最近のボクサーはこういうの履くの?」
「いや、……そういえば、ボクサーってトランクスだな」
「え?」
「ボクサーのパンツってトランクスだよ」
「こっち?」
「そうそう」
「そうですよね」
「ん?ボクサーパンツってトランクスなのか?」
「そうなんですか?」
「いや、わかんない」
「でもこっちがボクサーなんですよね?」
「……トランクスの下に履いてるとか?」
「……」
 暑い朝から謎が発生する。

「そういやこれなんでボクサーって言うんだろうな。誰かに訊いてみるかな。みんなこれだし」
「みんなこれなの?」
「だいたいね」
「みんなこれ?家ではこっちに変えるの?」
「トランクス?人それぞれだろうけど、だいたいは浅井さんと一緒だな」
「え?」
「家ではみんな履かない」
「……」
「ほぼみんな裸族」
「私は裸族ではないです」
「え?」
「裸族ではないです」
「嘘」
 そう言っている間に、須藤は浅井に抱きついてシャツの裾から片手を差し入れてホックを摘まんで外し、片手はショーツを潜らせて尻に指を這わせている。
「先輩に脱がされるまでちゃんと着てます」
「脱ごうよ」
 半端に脱がされて下着がもぞもぞするせいで気持ち悪くて、唇を尖らせるとそこにキスされた。
 シャツを捲って背を抱く手のひらが熱い。もう片方の熱い手もショーツを下ろそうと蠢いている。そんな時間はないのに唇を解放してくれない。
 抗ってもむしろ締め付けてくるので、浅井も両腕で須藤の首に抱きつくと案の定油断して少し締め付ける力を緩めた。そのタイミングで囁いた。
「先輩、朝ご飯に行かないと、」
「……行きたくない」
「お腹空いてないの?」
「お腹空いた」
「じゃ行かなきゃ」
「行きたくない」
「何言ってるんですか?」
「暑いんだもん」
「小学生ですか」
 そんなふうに叱られ、須藤はしぶしぶ身体を離してシャツを着る。浅井も乱された下着を直す。

「飯行ってくるけど、帰るまでに浅井さん脱いでてよ」
「いやです」
「裸族のくせに」
「裸族ではないです」
 そんなくだらないことを言い残して、須藤は定食屋に向かった。

 須藤が玄関を出て行ってから、浅井は一つため息をついて寝室に戻りシーツを剥がし、山になっている洗濯籠に乗せて持ち上げ、一階のランドリーに向かう。洗濯機を動かしてからまた部屋に戻り、朝食の準備をする。野菜のコンソメスープと目玉焼きとトースト。相変わらずテレビはないのでラジオを小さく流して。
 今日も最高気温38℃予想、危険な暑さになります、とお天気お姉さんが爽やかに教えてくれる。球場外野席はまた殺人的な温度まで上がるのだろうと思う。遮光保冷補水対策をしっかりしていかなくては、と持って行く物を頭に思い浮かべる。
 そんなことを考えながらのんびりしていたせいで、半分も食べ終わってないうちに階段を駆け上がってくる音が聞こえた。須藤の足音だ。早い、と玄関を見ているとすぐにガチャっと開けられ、息を切らせて須藤が入ってきた。

「早いですね」
「んー。監督から緊急ミーティング招集メールが来た」
 顔を顰めてそう言いながらダイニングに上がってくる。
「センターが今朝熱中症で救急搬送されたから、ポジションも打順も変更になるらしい」
「え!」
「俺がセンターみたい」
「症状は落ち着いたんですか?」
「まだ治療中らしいけど、今日中には出てくるんじゃないかな」
「お気の毒ですね。今朝なんて、寝てる間に?」
「自業自得だよ」
 寝室に向かいながら冷たく言い捨てる須藤に驚いて浅井が振り向く。

「今日試合だって知ってて、夕べビール浴びて酔い潰れてそのまま素っ裸で寝たせいで腹壊して朝方トイレに起きてそのまま脱水症状だってさ。バカだろ?」
「そうなんですか」
「自己管理以前だよ。レギュラーなんだから開始時間に球場にいることが何より最優先なのに」
 ばたばたと準備する音が聞こえ、膨らんだバッグパックを背負い帽子を被って須藤が戻ってくる。
「あ。野菜スープ美味そう」
「食べていいですよ」
 そう言って両手でカップを差し出すと、受け取りながら浅井をじっと見下した。
「……脱いでてって言ったのに」
「脱がないです」
 首を振って応えた。

 一口飲んで、はっと息をつき、それからぼやいた。
「……浅井さん脱がせる時間ぐらいあるはずだったのに、裸族のセンターのせいで台無しだ」
 やっぱりそこなんだ、とじっと見上げる。
「夜は脱いで待っててよ」
「脱がないです」
「裸族のくせに」
「裸族ではないです」
 あーあ、とカップを置いて玄関に向かう。

「……浅井さん、今日観に来なくていいよ」
 靴を履いてから振り向いてそう言った。
「どうしてですか?」
「暑いから。こんな日に無理して来なくてもいいよ」
「大丈夫ですよ。無理してないです」
「でも大変だろ?ここでクーラー点けて待ってたらいいよ。裸で」
「観に行きます」
「そう?多分今日センターだよ」
「じゃ、真後ろで観てます」
「うん。帰ったら裸で待ってて」
「嫌です」
「じゃ、行ってきます」
「無理しないでね」
「うん。わかってる」
 そう言ってがしっと抱きついてキスしてから、須藤が出て行った。


 朝食の続きを食べにテーブルに戻ろうとして、寝室のドアが開いていたのでそれを閉めた。それだけで、寝室からの冷気が遮断される。須藤の快適温度は、浅井にとっては寒いのだ。例え浅井が裸族であってもこの寒さでは脱ぐ気にはならない。
 それでも試合を見に行った後は身体に熱が籠もってしまい、須藤の快適温度を浅井も少しの間快適に感じる。エアコンの冷気に晒されて、涼しくて気持ちいいー、と須藤と二人でベッドに伸びる。いつもだと寒くて震え上がる温度なのに、そのまま脱がされても平気でいられる。

 もしかしたら寒い須藤の寝室で寝られるように、一晩分の熱を溜め込むために、自分は暑い日中あんな暑い球場に行くのかも知れない。ふと浅井はそう思い付く。
 脱がされても平気なように、応援に行ってるのかも知れない。

 などと続けて思い付いたけど、まさか、と笑って却下した。

 球場に行くのはただただ須藤の姿を見たいだけのことで、それ以上でもそれ以下でもない。
 始めから、高校時代から、ただそれだけ。グラウンドで立ってる走ってる打ってる投げてる取ってる須藤を見たいだけ。
 そんな姿勢に進化も成長もなく、たまに反省するのだけれどしょうがない。
 浅井はただただ楽しいことをしているだけ。



 今日も休日の猛暑の中、日傘を持って帽子を被って日除けのパーカーを着て、冷たいお茶と凍らせたお茶とタオルと濡れタオルと保冷剤を保冷バッグに入れて、塩飴と携帯扇風機をバッグに入れて、出掛ける。






     終





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