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8-1

Category: JOY  

 来た道を逆に駆け戻り、自分が外科外来にいたのだと知った。その遙か奥にERがあり今も急患の治療を行っている様子で医師や看護師が慌ただしく出入りしている。
 その手前の、さっきまで浅井がいた病室にまた新たに患者がストレッチャーで移動されている最中。看護師が二人付いていて患者は意識があり話をしている。その看護師に大沢の行方を訊こうとしたが、扉が開き病室の中が見え、さっき浅井がいたベッドのカーテンが閉じている様が目に入った。
 誰かがいる。誰って、母に決まっている。浅井はそこで足を止めた。
 中には入れない、とそこを素通りして廊下を曲がると、看護師が一人立っていて何かの機材を点検している。まずこの人に声を掛けてみようと思った。

「あの、すみません、私、」
 浅井と申します、さきほど急患として運ばれてきましたが、その際一緒に運ばれてきたはずの男性が今どこにいるのかご存じでしょうか?ぐらいの言葉を準備していたのだが、顔を上げた看護師が間髪入れずに口を開いた。
「あら!意識戻られたんですね?肩の痛みはどうです?わりあい深かったのよ。だからあまり動かさないでね!」
 はい、ととにかく頷き、自分の傷を知っているということは治療に関わってくれた看護師だと思ったので、訊いた。

「私と一緒に運ばれてきた、大沢君は、もう治療は済みましたか?」
 すると看護師はにっこり笑った。
「ええ。彼も無事終了して、もう病棟に移動しましたよ」
 看護師の笑顔は患者にとっては太陽で、それだけで何もかも解決したような気になってしまう。
「外科病棟は少し遠いですけどね。精算手続き終えたら行かれたらいいと思いますよ。五階の東病棟」
 笑顔のままそう続けられ、ありがとうそうします、と応え、そのまま走り出した。


 また外科外来を抜けて所々にある案内図を確認しながら、外科病棟の建物を目指す。
 あちこち曲がりエスカレータで登り連絡通路を通って直通エレベータに乗る。
 巨大な総合病院で外科と言っても当然一つじゃなく、五階の東と聞いてなかったら迷子になっていた。と五階でエレベータを降りてすぐの案内図を見て、まず東病棟のナースステーションを探す。ここ、と指を差して確認し、そこに向かってまた角を曲がった。

 案内図の通りに進んでいくと思ったよりも近くにクリーム色のカウンターがあって、その上に大きく「5東ナースステーション」の表示があった。その中に何人も看護師がいて、浅井は一番近くにいた一人に声を掛けた。
 大沢さんのお部屋はどちらですか?救急で運ばれてきた男性の患者で、手術が終わってこちらに移動になったと聞いて、
 浅井がそこまで言うとその女性看護師は、あら、と戸惑ったように浅井の後ろに視線を送った。
 目配せされているようで気になり振り向くと、小柄な女性が立ち竦んでいた。
「……あなた、もしかして」
 両手を合わせて口に当てて、まっすぐ浅井を見詰めてそう呟いた。アイボリーのアンサンブルセーターが優しそうで、どこか見覚えのある柔和な面立ち。よくわからずまた振り返ると、看護師がなんとか笑みを浮かべて教えてくれた。
「大沢さんの、お母さん。さっき到着されたばかりで、まだ気が動転されててね、」

 大沢君の、お母さん?!
 こんなところで会うことになるとは考えてもいなかったので浅井はとにかく驚いて、なんと挨拶しようかと考えたせいで言葉に詰まった。
 そしてその間に、大沢の母が深々を腰を曲げて浅井に謝りだした。
「本当にこの度は、息子のせいで大怪我させてしまって、お詫びのしようがありません……」
 その様子に浅井はさらに驚き、慌ててその手を取って頭を上げさせた。
「いえ、あの、謝らないでください!私大沢君にはなにも、」
「お怪我は、大丈夫ですか?ずいぶん、」
 顔を上げると、大沢の母はもうぼろぼろと涙を落としていた。
「大丈夫です!大丈夫!そんなに大怪我じゃなかったんです!」
「そんなはずないでしょう?」
 涙も拭かず、母が浅井の肩の包帯に手を伸ばす。
「ごめんなさいね、聡のせいで」
「違います」
 なるべく笑みを浮かべたまま、浅井は首を振って否定した。
「違います。大沢君のせいじゃなくて、私大沢君に庇ってもらったから、」
 ごめんなさいねと呟き続ける母の手を握った。もう謝って欲しくない。
「私、大沢君に守ってもらったんです。だからこの程度の怪我で済んだんです」
 まだ首を振り続ける母に言い聞かせる。
「大沢君が来てくれなかったら、もっとひどかったはずなんです」
 そう言いながら自分でも再確認する。
「大沢君が、私の代わりにあんなひどい怪我をしたんです」
 やっと母が、握った手を握り返してくれた。
「だから私、お礼言いに来たんです」
「お礼だなんて……!」
「いえ、本当に」
 握り返してくれたその力が嬉しくて、笑みが零れた。

「大沢君に助けてもらったんです」
「でも、でもね、あの子のせいで、」
「大沢君は私を庇って、私の代わりに大怪我をしました。私がわかってるのはこれだけです。だから、お礼にきました」
 そう言うと、母がやっと頷いた。
「……私も、何もわからなくて田村さんにここまで連れてきてもらって、田村さんに話を聞いただけなんです」
「田村さんって言うと、田村設備の?」
「ええ。今病室で、聡を見てもらってます」
「私、伺っても、」
「もちろんです!本当に、ありがとうございます」
 大沢の母がまた頭を下げた。



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