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8-7

Category: INFINI  

 その夜、原田が帰宅したのは9時過ぎ。君島は出勤済み。家には健介しかいないはずだった。しかし帰ってみれば家は真っ暗で玄関に入り電気を点けると健介の靴がない。
 あいつ、家にいろって行ったのに出掛けたのか、と腹を立てつつダイニングに向かいつつ携帯を取り出し健介を呼び出す。予想通りに電源が入っていない。
 猫が怒った顔で腹が減ったと鳴いて訴えるので、荷物をテーブルに置いてからフードケースを取り出して皿に落としてやる。
 それから、対処を考えた。

 卒業してから、というか冬休み前後から、健介の生活は乱れていた。友人たちの家に泊まり歩いたり、友人たちが泊まりに来たり、昼夜なく集まり飽きもせず騒いでいた。ただその友人たちももれなく全員同じ大学に進学することが決まっており、入学までの期間限定だからこその自堕落な生活だろうから目を瞑っている。当然今もその騒ぎに合流しているのだろうと思った。
 しかしさすがに今日は大目に見ることはできない。どこかに連絡をつけて健介を見つけて連れ戻さなければならない。とりあえず健介の友人として最初に頭に浮かぶのが堤なので、そこに当たってみようと家の電話に向かった。携帯番号は知らないが堤の家の電話番号は登録してあった気がする。保護者として堤の保護者に連絡して堤に健介を戻すように伝える。きっちり大人を絡めることで冷や水を浴びせられる気持ちにもなるだろう。少しは生活振りを反省したらいいとも思った。
 そして電話を操作しようとしてそのモニターを見て、着信件数が二桁を超えていることに気付いた。今どき家電にはセールスの電話しか入らないのでこんな数字の件数を見たことがない。番号を表示してみると全て同じ携帯番号で、どうやら朝自分が家を出てから何度となく鳴り続けていたらしい。
 なんだこれは?と訝しんでいると、モニターのバックライトがぱっと点き、その同じ番号が表示され、それから着信音が鳴った。誰だ?と訝しみつつも、通話ボタンを押した。

『……あっ!は、原田さんですか?!』
「はい」
『あ、あの!健介いますか!堤です!』
「え?堤君?」
『お父さんですか?健介、お願いします!』

 ということは、健介は堤君のところにいない?

「君のところじゃなかったのか?」
『……え?』
「家にはいないようだ。他の友達のところじゃないのか?」
『え、誰も健介に連絡つかなくて、だから家にいるって、思っ、』
 まさか部屋にいるのか?と原田は急いで階段を登り健介の部屋のドアを開け電気を点ける。当然姿はない。
『実は、あの、僕たち健介に、僕たちじゃなくて、僕が健介に、』
 堤が耳元でなにか泣き声のように呟くのを聞きながら、半端に開いているクローゼットに気付き扉を引いた。
『健介にひどいこと言ってしまって、冗談のつもりだったんだけど、全然、シャレになってなくて、』
 いつも遠征や合宿に持って行くダッフルバッグが無い。引き出しも半端に開いていてシャツや靴下等が掛かっていたり落ちたりしている。慌てて詰め込み持ち出した風情。
『謝りたくて、昨日からずっと探してるのに、携帯電源入ってなくて、』
 どこに?どこかに行く可能性は、
『健介の家にも、何回か行ったんだけど、留守で、』
「家に来た?いつごろ?」
『え、あの、昼前と、夕方に、』
「昼前。車なかっただろ?ガレージも開きっぱなしで」
『はい。それで、自転車もなくて、』
「夕方は?」
『……え?あの、ガレージ閉まってて、やっぱ誰もいなくて、』
 夕方すでにいなかった。しかし堤君と喧嘩しているならいても居留守を使ったかも知れない。いずれにしても現在行方不明。どこに?
「……卒業旅行、韓国に行くとか言ってなかったか?」
『え、はい、明後日から、』
「明後日?……もうそれに行ってるってことはないか?集合場所は?」
 そう訊きながらベッドや机を見回し、棚の上に置かれているファスナーバッグに気付いた。
『集合は、明後日の朝ターミナル駅です』
 透明なそのバッグの中に入っているのは紺のパスポート。これを置いていったということは、卒業旅行ではないということ。
『……え、健介、本当にいないんですか?』

「……どうやら、いなくなった」
『えっ』
「家出したみたいだな。堤君、どこか心当たりないか?」
『えええええええええ―――っ!!!!!』
「健介って彼女いたんじゃなかったか?」
『彼女?広瀬?広瀬にも言ってあるから、連絡取れたら教えてくれることになってるけど、』
「ないか」
『ないですぅ―――!どうしよう……』
 堤が泣き出しそうになり、原田はなんとか言葉を繋ぐ。
「まぁ、気に病んでてもしょうがないし、健介は別のことでもいろいろあって、」
 そう言いながらまたクローゼットに目をやる。
『でも健介になにかあったら僕のせいですぅ。そんなつもりなかったのにあんなの考えてもいなかったのに、どうしたらいいんだろう』
「君のせいじゃないよ」
 朝着ていたブルゾンが掛けてある。他に一つハンガーが空いている。別の上着に着替えていった?なぜわざわざ?
『僕のせいです。健介許してくれない』
 ふと思いつき、そこに並ぶコートやジャケットを手で捌き、予想通り真冬仕様のグレーのダウンコートがないことがわかった。
「大丈夫だよ。時間を置いて冷静になれば話し合いができるよ」
 一応堤を慰めながら、原田は自分の部屋に向かう。さすがにそれはないだろうと思いながら、そうじゃないことを確認するためだとここしばらく触っていない書棚に目を向けると、きっちり閉まっているはずのガラス戸が開いている。まさか本当に?と思いつつその戸を開くと中の本や書類をあちこち出して戻したようで並びが乱雑になっている。
『時間を置いてって、いつですか』
 そしてその一番奥に、完全に引き出してからまた戻そうとしてきつかったのか時間が無かったのか、その一冊が途中で諦めたようで斜めに刺さっていた。本当に?と驚きつつ、それを引っ張り出した。
『時間置いても、無理です。言っちゃいけないこと言ってしまって、』
 ハガキのホルダーで、年賀状や異動の知らせや時候の挨拶状等を住所録代わりにファイルしてある。原田自身はその手の挨拶状を一切出さないので当然枚数も多くはなく何年分もまとめてあるし重複しているものもあり差出人も多くはない。そしてこの中で健介と面識があるのは一人だけだ。
『取り返しがつかない……。もし健介が、』
「取り返しのつかないことなんて、そうそうないよ」
 半ばあしらうように堤を慰めながら、その目当ての相手の年賀状を探し裏面を返してみる。住所電話番号携帯番号と全て丁寧に列挙してある。
『違うんです。言っちゃいけないこと、あの、子供の頃の、誘拐された事件のこと、バカにするようなこと言ってしまって、』
 さすがにハガキを押える原田の手が止まる。
『健介が、あのこと全然しゃべらないから、それならそれでもいいって、僕思ってたのに、本当に思ってたのに、』
 そう言うと、堤が本気で泣きだした。
『調子に乗ってて、健介いなかったし、ノリツッコミみたいにすぐ否定するつもりだったのに、』
 よくわからないが……。
『聞かれたら、傷付くって、わかってたのに、』
 一度ハガキから目を離して、堤を落ち着かせようと思った。

「……言葉の行き違いだろ?本気じゃないことぐらい健介もわかってるよ」
『そ、れでも、言っていいことと、悪いことって、あるし、絶対あるし、』
「どうだろうな。それは言葉の中身よりも相手に依るんだろ」
『……え?』
「言葉なんて所詮上澄みでしかないんだから、何をどう言われようと付き合っていく奴とはいずれ元に戻るよ」
『……そうじゃなかったら?』
「そりゃ付き合っていく奴じゃないから早めに離れた方が合理的だ」
『そんな……!』
「心配いらないよ。君は健介の親友だよ。それと多分、健介の潜伏先もわかった」
『え!どこですか!』
「北海道」
『えええええええええ―――っ!!!!韓国はっ?!!!』
「キャンセルだろうな」
『そんな……、それじゃ僕も行かない……』
「君は行きなさい」
『でも、そんな、行ったってどうせ楽しめない!』
「卒業旅行だろ?健介のせいでぶち壊しにするのも申し訳ないよ。悪いけど楽しんできてくれ」
『無理ですぅ―――……』
「どうせ健介も北海道旅行満喫してるよ」
『……嘘』
「北海道だよ?」
『……羨ましい……けど』
「な?君たちは韓国満喫してくれ」
『……ほんとに、北海道?』
「うん。遠い親戚が函館にいるんだ。そこに行ったようだ」
『……僕、どうしたらいいと思いますか?』
「韓国に行って楽しんできたらいい。健介と連絡がつくようになったら君のことを伝えるよ。後は時間が解決すると思うよ」
『……ほんとですか?』
「うん。喧嘩するのも疲れるからな。そんなに長続きしないよ」
『そうだったらいいな』
「そうなるよ。君は予定通りみんなで韓国に行ったらいい」
『……はい。それが、一番いいんですね』
「そうだな」
『……少し、気が楽になりました。お父さんと、しゃべってよかった』
「ん。そりゃなによりだ」
『やっぱ、健介も似てて、お父さんに似てて、しゃべってるといつも励まされたんです。やっぱ、似てるなって、』
「そうか?」
『はい。ちゃんと、落ち着きました。韓国行きます。健介のこと、よろしくお願いします』
「うん。旅行気をつけてな」
『はい。ありがとうございます』

 健介と似てる、か。
 そんなはずはないだろうが、君島にもよく言われることだった。




 やっと堤の通話を切り、今度は携帯を持ってそうそう掛けることのない相手を呼び出す。何度かのコールして切る。しばらくして折り返しの着信が鳴り、大声が響いた。

『おぅ、原田か!久しぶりだな!悪いけど健介は来てないぞ!』

 バカか、と笑いながら訊いた。

「口止めされたんですか」
『うん。そうそう。父さんに内緒で出てきたから言わないでくださいって頼まれてる。てか、なんで健介がうちに来たってわかった?』
「真冬仕様のコートに着替えていったみたいだし、なにしろ俺の年賀状漁った跡があったから」
『年賀状?そんなんで俺とは特定できないだろ』
「いや、俺に年賀状送ってくる人なんて熊谷さんしかいません」
『まじで?』
「北海道の知り合いも熊谷さんしかいないし」
『まじか』
「はい。それで、健介なんて言ってそちらまで行ったんですか?」
『ちょっと泊まって札幌に行くみたいなこと言ってるよ』

 やはりそうか。朱鷺の行き先を聞いていたんだな。

『でもなー。甘いよなー。うちから札幌まで車で6時間掛かるって教えたらショック受けてたよ』
「でしょうね」
『日帰りできるけどな』
「さすがですね
『でも今後しばらく天気荒れ模様だよ』
「そうなんですか」
『うん。みんな家に巣ごもり予定』
「そんな時に申し訳ありません」
『いやいや。どうせ暇だからいいよ。みんな喜んでる。お前も来たらどうだ?』
「天気荒れるんでしょ?簡単に空港閉鎖になるところになんか行きませんよ」
『荒れたら荒れたで面白いもんだよ』
「まぁ、健介は経験ないんで楽しませてやってください」
『うん。それで、家出のようだからお前から連絡来たとは言わないぞ』
「はい。それでいいです。でも何かあったらすぐ電話ください」
『いいよ。何があったか知らんけど、家出したい年頃なんだろうな。今年大学生だって?』
「そうです」
『さすが親子だな。お前が家出してここに来たのもそんな頃だっただろ?』
「俺は家出じゃないです」
『そうか?』
「ただの一人旅です。それから、その時のことは、健介にはなるべく、」
『ああ、わかってる。極秘扱いな』
「お願いします」



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