FC2ブログ


8-3

Category: INFINI  

 玄関先で怒鳴り散らして打ちひしがれている君島に見切りを付けて、原田は自分の部屋に戻った。
 出勤にはまだ早い。しかも今日は現場直行なので普段よりも遅くていい。
 ドアを閉めて一度ため息をつき、リクライニングチェアを引いた。

 一体何が起こっているのかさっぱりわからない。
 昨日から原田自身は何もしていないのだ。動いてもいないし話してもいない。ただ周囲で騒動が起こっているだけで、原田にはその意味も理由も原因も何もかも不明だ。
 それなのに君島には全て原田の責任だと詰られている。

 どうやら健介がその騒動の中心にいて、さっきの君島の様子だとかなりやばいことになっているらしい。息子のことなので父親である自分に責任がある。ということでもないようだ。


 昨日から、覚えていない過去の自分を突きつけられて責められ続けている。
 偶然なのかそうじゃないのか、君島と朱鷺に責められた二つの過去は同じ事象、同じ行為。偶然じゃないか。そもそも健介の行為により掘り出された過去だ。
 健介が朱鷺にキスしていた。それを見て見ぬ振りをしようとした自分に、過去君島と同じことをしたくせにと健介と君島に詰られた。その後家出しようとしていた所に朱鷺が来て、今健介の前から消えるなと訴えられた。大ごとにするな、普段通りに接して欲しい、何も変えるな。第一原田さんだって、

『たいしたことじゃないでしょ?原田さんだって僕にキスしたよ。忘れたようだけど』


 知らない。どちらも、君島の証言も朱鷺の証言も、原田には全く覚えがない。
 どちらとも睡眠障害の発作を起こした時に発生しているらしく、前後含めてその間の記憶はいつも曖昧なので、原田自身に記憶がなくてもそれを事実ではないとはっきり決めつけられない。しかし頻繁に起こる発作でもなくそれ以外に記憶障害など持っていないから、それが本当に自分が記憶していないだけなのかもはっきり決めつけられない。自分の睡眠障害につけ込んで君島にいいように利用されている気もしないでもない。
 これほどに、原田には実感がない。


 ただ恐らくその記憶は、真剣に探れば引っ張り出せる。覚えていないのではなく、蓋をしているだけ。
 原田は日頃から過去を振り返らないし思い出話もほぼしない。全ての過去を同じように薄めてきた。記憶の蓋も同じように薄くなっている。
 そしてそれを開けてみようという発想すらない。それが開く物だという認識もない。

 それでも、わずかに恐怖を覚える。
 自分が何かを忘れていることにではなく、今忘れ去っているその記憶に触れることになるのかと。そしてその記憶が何に繋がるのかと。

 一度蓋を開けると全てが引き摺り出される。

 だからこそ原田は蓋にすら触れない。ずっとそうしてきた。無意識に。無自覚に。原田の記憶障害は己の防衛本能によるものだ。


 しかし今自転車で朝帰りしてきた息子が再度自転車で失踪した。何もわからないからで済ませられないだろうとは思うのだが、何もわからない。君島に訊いても埒があかない。朱鷺もいないと言う。携帯に発信したところで無視されるだけだろうと思いながら健介の名前を表示してタップしてみて、当然のように反応がなく留守電のメッセージの途中で切る。

 打つ手がない。
 まいったなぁ、と天井を見上げた。


 じきに君島が階段を上がってくる音が聞こえ、そのまま自分の部屋に入っていく音が聞こえ、それきり静かになった。恐らく君島も打つ手がないのだろう。


 そもそも、健介も朱鷺も子供ではない。親の保護も必要ないだろうしなにしろそれを拒んでいる。打つ手なんかあるはずがない。これが成長ということだ。誰もが通る道であって悩む必要はない。健介も高校を卒業した年齢なのだしお節介を焼かなければならない程子供ではないはずだ。親の手助けなどいらないだろう。
 原田自身、健介の年には独立していたし遙かに孤独でしかもそれを特に苦にしていなかったので、その意味でも心配する気になれない。

 まぁそのうち帰ってくるだろう、と原田はそれ以上考えるのをやめた。

 それからまだ早いが出勤準備を始める。現場直行なので作業着でいい。図面や書類を確認してバッグに突っ込み机に置く。メールとデータを確認して携帯もタブレットも別のバッグに入れる。
 カーテンを開けて薄曇りの空を見上げ、雑木林を見下ろした。そろそろ桜の匂いがすると思ったら、向かいの大木が蕾で枝を赤く染めていた。いよいよ春が来るんだなぁ、とぼんやり思う。年々春が早くなる気がする。さすがに今まで誕生日に桜が咲いていたことはなかったのだが、ぼちぼちそんなことになりそうだな、などと考えてから思い出した。
 毎年誕生日に、健介から祝いの言葉をもらう。続いて「お祝いにどこかでご馳走食べよう!」と、適当に外食することになっている。しかし今年はどうだろうな。きっと健介がそんな気分にならないだろうし、それ以前にそんな日付を忘れているだろうし、それどころか当分帰ってこないかも知れない。
 今年の誕生日は無し。もしかしたら来年も。もしかしたらその後も。もしかしたら、もう一生ないのかもしれない。

 そんなこともぼんやり考えた。


 多少時間があるのでその後は階下に降りて掃除や洗い物等の家事に充て、猫にもエサをやってから家を出た。
 シャッターを開けてから運転席に乗り込み、荷物を助手席に置き、エンジンを掛ける。シートベルトを引っ張りだし、ロックしようとシートの隙間に手をやったところで、突然ドアの窓をガンガン叩かれて心臓が止まりそうになった。
 息を呑んで振り返ると、血相を変えた君島が原田を呼びながら窓を開けるようにロックの位置を指差している。
 原田はまだ息を止めたまま、命令通りに窓を開けた。すると、全部開く前に君島が告げた。

「健介が、倒れた!」

 依然息を止めたまま原田は君島を見上げて瞬きをする。言っている意味が飲み込めない。

「今、妙さんから連絡来た。君携帯電源切ってるのか?」
「妙さん?」
「いくら掛けても出ないから僕に連絡がきた」
 そう続けながら君島は開いた窓から手を突っ込んでドアのロックを解除した。
「空港に行って」
 そう言いながら助手席に回り、ドアを開けてそこに乗っている原田の荷物をリアシートに放り投げた。
「朱鷺ちゃん追いかけて空港に行って、騒ぎ起こして倒れたらしい」
「倒れた?」
「よく分かんないけど、タンカで運ばれてるところだって」
「倒れたって何だよ?」
「いいから急げよ!」
 君島に怒鳴られ、驚いたまま信じられないまま何もわからないまま原田はシフトを入れた。



back | menu | next
スポンサーサイト

 


Comments


 管理者にだけ表示を許可する


03  « 2019_04 »  05

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

categories

counter




.