FC2ブログ


8-2

Category: INFINI  

 パニックだった。

 昨日から何度も何度も衝撃を受け続けて、心が壊れそうになって、もうきっとどこか崩れて落ちて無くなっている。

 朱鷺ちゃんが好きだ。その気持ちだけが心の中で変わらずに存在した。
 誰もが裏切る中で朱鷺ちゃんだけが僕の味方でいてくれた。何があっても朱鷺ちゃんだけは失いたくない。
 誰を傷付けても自分が傷付いても朱鷺ちゃんの傍にいられるならそれでいい。

 そう思っていた。ついさっきまで。
 広瀬を傷付けて自分も傷付いてヒリヒリする胸を抱えて全速力で峠を登り家に戻ってきた。
 とにかく慣れたベッドに埋まって落ち着きたいとここまで急いだ。幸いガレージが開いていてそのまま自転車で中に入り、玄関ドアを引くとそのまま開いたので驚いて中を覗いた。
 するとすぐに、君島の怒鳴り声が聞こえた。

 朝っぱらから喧嘩してるのか、と健介は足音を立てずに二階に行こうとした。
 しかし。

「夕べ、遅く、健介が来たって」

 君島のその一言で、足が止まった。

 そしてその後に続いた、過去の暴露。
 全て語り終わるのを待たず、健介は踵を返して家を飛び出した。

 やっと登ってきたばかりの坂道をまた自転車で全力で下る。峠道で対向車が来たら確実に正面衝突するラインを全速力で。
 何度同じことをしているんだろう。何度自転車でここを疾走しているんだろう。


 父さんだったんだ。


 坂道の下の信号を無視する。横から来た直進車に急ブレーキを掛けさせクラクションを鳴らされそれでも止まらない。ぶつかるならぶつかれ。そしてそのまま車道を走り続ける。そんな暴走自転車に呆れたのかクラクションが止んだ。



 父さんだった。
 朱鷺ちゃんが大切にしているたった一度だけのキス、一人だけの彼。


 父さんだったんだ。



 二車線の車道を車と同じ速度で併走している。通行量の少ない早朝でどの車も速度が出ているが、健介の自転車も同じような速度なので特に邪魔にもならない。そして自転車なので赤信号で交差点を横断できなければ歩道に上がり道を曲がって止まらずに走る。ただただでたらめに走り続ける。


 どこに行くの。

 髪を切った?空港に向かった?飛んでいく?一人で?

 僕を置いて?

 朱鷺ちゃん。


 それだけは嫌だ。
 朱鷺ちゃんの言うとおりに広瀬と付き合うことにした。さっきまで一緒にいた。キスして抱き合った。
 朱鷺ちゃんに会うためなのに。


 いつの間にか涙が流れていた。いつの間にか慟哭していた。どこかに向かう二車線の車道を泣き叫びながら健介は疾走していた。


 朱鷺ちゃんに手が届かないなんてそれだけは絶対嫌だ。
 絶対嫌だ。


 朱鷺ちゃんが好きなのが父さんだとしても。


 そして次の交差点で、健介は自転車を停めた。
 道路看板に空港線の停まるターミナル駅への案内があった。
 当然のように信号を無視して健介は車道を斜めに突っ切りクラクションの嵐の中その車線に入った。


 空港に行く。
 やっと芽生えた目標は、これ一つだった。

 流れる涙も拭かずに声を上げて泣きながら健介は駅に向かって自転車で走り続けた。



back | menu | next
スポンサーサイト

 


Comments


 管理者にだけ表示を許可する


12  « 2019_01 »  02

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

categories

counter




.