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8-1

Category: INFINI  

 早起きの原田は、朝6時にはもう暇を持て余している。新聞も読み終わったしコーヒーも飲み終わった。
 そこにジョギング帰りの君島が現れたので、膝で丸くなっている猫を下ろして自室に引っ込もうと立ち上がると、前に立ちはだかられた。

「逃げるなよ。僕の話は終わってない」

 昨日は健介が外出した後に君島は出勤し、戻ってきたのが夜中の1時過ぎ。二階に上がり健介の部屋を覗いていないことを確認し、それから原田の部屋に怒鳴り込んだ。当然健介のことに関してだ。
 今回のことに限らずこの家で発生するトラブルはほぼ原田の無神経さが原因だと君島は考えている。それについて逐一説明し責任追及しようとした。しかし当然夜中なので話なら明日にしろと原田に追い出された。そして、夜が明けたので今こうしてダイニングで仁王立ちしている。

 そして原田は、君島の言っていることがほぼ理解できない。
 というのも、君島の持ち出す過去の出来事が自分にはほぼ覚えがないから。
 記憶していない以上自分の体験ではなく、その責任を問われたところで言い掛かりにしか聞こえない。
 確かに自分には特殊な睡眠障害があり、その前後で記憶障害もないこともないだろうとは思われる。しかし実際に全く覚えがないのだ。実感のない体験を押しつけられて叱責されたところでどうしろと言うのだ。

 謝ればいいのか?全く覚えはないが悪かったなとでも言えばいいのか?

 そんな結論しか出てこないのでもうその話もしたくない。君島の顔も見たくない。なので君島を避けて部屋を出ようとしたが、またわざとらしく立ち塞がる。原田は一歩下がる。そして君島はそこで立ち止まったその顔を見上げた。

「今。そこで朱鷺ちゃんに会った。こんな早朝に、妙さんに車だしてもらってた」

 原田は顔を顰めて目を伏せている。

「朱鷺ちゃんだと思わなかったよ。妙さんのベンツで妙さんが運転してるから、横にいるのが朱鷺ちゃんなんだってやっとわかった」

 またそんなよく分からないことを言うから、ちらりと目を上げて君島の顔を見た。

「妙さんが車停めてくれて、朱鷺ちゃんが降りてきて、説明してくれた」

 玄関が開くような音が聞こえたが、聞こえなかったらしい君島が続けた。

「夕べ、遅く、健介が来たって。そこで、何かこじれたらしい。それは、朱鷺ちゃんの責任だって。だから、朱鷺ちゃんは髪を切った」

 唐突なのでまた眉を潜めると君島がふと笑った。

「知らないか。朱鷺ちゃんが髪を伸ばしてたのは、耳を隠すためだ。隠すというかカムフラージュ。聞こえないことを長い髪のインパクトで覆いたかった」

 聞こえないことを覆いたかった。覆い隠したかったということか。知らなかった。
 が、髪が長かろうが短かろうが朱鷺は朱鷺だろうから特に何も思わない。聞こえようが聞こえまいが朱鷺は朱鷺だろうから。
 そう思ったので原田は表情を変えなかった。

「鎧みたいなものだったんだ。朱鷺ちゃんにとっては。それを脱いでしまった。それが朱鷺ちゃんの責任の取り方なんだろうね。無防備になって、これからどこかに飛んでいくらしい」
「飛んでいく?」
「これから空港に行くんだって」
「……飛行機?」
「そうだって。あんな完全箱入り息子、鎧も脱いで武器もなしで今さら一人でどこでなにするって言うんだろう」
「一人?」

 やはり君島の言うことがよくわからない。健介とこじれて髪を切って飛行機に乗る?全くわからない。全ての意味がわからない。朱鷺も健介も一体何を考えているのか全くわからない。
 しかしどうせ君島はわからない俺が悪いとでも言うのだろう。

「全部君のせいだよ」

 ほらきた。

「健介とこじれたなんて、昨日のことがあったばかりだ。髪を切るほどの責任なんて何があったか知れるだろ?」

 知るか。しかし分からないと言いたくないので依然原田は目を伏せている。

「多分、君と同じことをしたよ」

 また唐突にそんなことをいうので顔を顰めて君島を見る。

「君が朱鷺ちゃんにしたことを、夕べ朱鷺ちゃんが健介にした。君はあっさり忘れたようだけど、朱鷺ちゃんは責任を取って鎧を脱いだ」
「……何言ってる」
「聞いただろ?昨日朱鷺ちゃんから。君は朱鷺ちゃんにキスした。あの頃朱鷺ちゃんがどんなに君を慕っていたか誰の目にも明らかだったのに、そんな真似をした君はその一回の後全部忘れた」
「……していない、」
「よくもそんな残酷なことができたな?覚えていない記憶にないって言えば許して貰えるとでも思ってるのか?」
「俺には覚えがない。その時期のことは、」
「確かにそうだよね。学生の頃の発作の時期だったらしいね。君は暴れに暴れて挙げ句朱鷺ちゃんを捕まえてキスしたんだ」
「やってない!」

 原田が反論している声に重なって、バタバタと廊下を駆け出す足音が聞こえた。

 はっとそちらに目を向け、慌ててドアを開いたがその頃には玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
「まさか、」
 それだけ口にして君島が玄関に走りドアを開ける。そして見えたのは、ガレージから走り去る健介の自転車の残像。

 まさか、健介?まさか。

 君島はしばらくそこに立ちすくんだ。
 まさかとは思いたいが、健介だった。まさかの朝帰りをした健介だった。

 やばい。かなりまずいことをしてしまった。

 絶対健介には聞かせたくなかった。
 絶対健介には聞かせたくないと思っていたので、健介が帰っていないことを、自転車が戻ってきていないことを確かめて今原田を責めていた。
 直前に見た朱鷺の姿もショックだった。初めて会った時からずっとあの長髪だったのにそれを捨てる程の覚悟が痛々しかった。
 何もかも全て原田のせいだった。だから今大声で詰っていた。

 しかし。
 聞かせてしまった。知られてしまった。
 残念ながらこれは原田のせいではなく君島の責任。そしてそれは恐らく、記憶障害の原田と同じくらいに重大な責任。

「やばぁあああああーいっ!!!!」
 君島が頭を抱えしゃがみこんだ。
 そして依然、何もかもわからない原田は腕組みをして顔を顰めそれを眺めている。
「健介どこ行ったんだろー!どこまで聞いてたと思うー?」
 頭を抱えたまま原田を見上げる。
「ほぼ全部」
 原田が冷たく応える。
「あああああー」
 君島ががっくりと項垂れた。


 聞かせたくなかった。
 健介が朱鷺を慕っていることはずっと前から知っていたが昨日のような行動に出るほどとは思っていなかった。
 そして、過去朱鷺がそれと同じくらいに原田を、もしかしたらそれ以上に慕っていたことを君島は覚えている。
 そんな残酷なことを今の健介には聞かせたくなかった。

 思い返せば原田と朱鷺は出会いからまさにボーミーツガールだった。元々バイクに乗る姿に一目惚れしていた相手だ。その憧れの原田に窮地を救われタンデムで逃走したのが二人の出会い。惚れるなと言うのが無理なドラマだったのだ。それ以降誰の目にも明らかな程に朱鷺は原田に傾倒していたのに、鈍い原田だけが気付いていなかった。
 それでも月日が経ちそれぞれ大人になり健介も現れてそれも落ち着いたと思っていた。
 そうではなかったのだと、昨日部屋を訪ねてきた朱鷺に教えられた。

 健介の気持ちがわからないでもないんだ。朱鷺はそう言った。
 僕は昔原田さんがとても好きだったからね。そういう気持ちがわからないでもない。きっと秋ちゃん知ってただろうけど。
 でも諦めることができたというか、絶望したっていうのかな。割り切るしかないって、思わされた。
 そして笑って続けた。
 例の原田さんが暴れた時に、僕は原田さんに抱きしめられてキスされたんだよね。そのせいで、諦めた。
 息を呑んで朱鷺を見詰める君島に、また微笑んだ。

『だって、原田さん、覚えてないんだ。ひどいよね』


 全く知らなかった。もう15年以上も昔の話。学生時代の嵐のような数日間のこと。確かにあの数日のことを原田はほぼ記憶していない。あれほどに暴れまくったのに。
 君島がいなかった時間に朱鷺の兄の大和と殴り合いの大喧嘩をしたと後で聞いた。その原因も朱鷺の首を絞めたからだと後で朱鷺に聞いた。それに加えて、朱鷺にキスしていた。そしてそれらの記憶を原田はほぼ全て失っている。
 覚えていなければ罪はないのかと君島は怒りを覚えるのに、ここまでされても原田を許す朱鷺の寛大さに泣けてくる。

 やはり全て原田のせいだ、と君島は唇を噛み締める。



 しかし実はその嵐の数日の間に、原田が朱鷺に暴行を働いたよりも前に、君島が原田にそれよりひどい暴力を振るっている。そしてその数年後寝ている原田に無理矢理キスした現場を健介に見られている。
 原田よりもよほど君島の方が罪の問われるべきだが、そうされるにはそれなりの理由があり全て原田が悪いと思っているので、それらのことを君島は完全に棚に上げている。


「全部君のせいだからなっ!」
 結局君島はそう怒鳴った。



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