FC2ブログ


6-11

Category: JOY  

 浅井は身体のいくつかの痛みに耐えながら、大沢の頭を抱えていた。大沢の激しい呼吸のせいで首のあたりが熱い。
 じきに背中を抱く手に力が入ってきたので、痛いよ、と伝えた。

「だって浅井さん、これ、仕返しなんだろ?」
 涙声で大沢が言った。
「こんな目に遭わされて、俺、どうやって忘れたらいいんだよ」
 またきつく抱いてきた。
「痛いってば」
 浅井は大沢の短い髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「私を、忘れるの?いいよ、それでも」
 そして大沢の頭に口をつけた。

「今度は私がしつこく追い回すわ」

 大沢が顔を上げて浅井に訊いた。

「……本当?」

 浅井はまた痛みを堪えて頷く。
 するとまた大沢にきつく抱きしめられた。

「嘘みたいだ……」
 大沢は泣いていた。

「痛いってば!」
 浅井は笑っていた。

 肌寒いことも忘れて薄闇の中で絡むように抱き締め合う。
 笑う浅井にまだ涙声で大沢が訊いた。

「だけど、浅井さん、先輩のこと一生忘れないでしょ」
「忘れない。絶対忘れない。だけど、大沢君が言ってくれたから」
「え?」
「辛かっただろうなって」
「はい」
「私、そういう言葉、初めて聞いたの」

「励まされたり慰められたり叱られたりしたけど、誰も、」
「誰も先輩がそんな風に、」
「先輩がそんな風に考えたとか、先輩が何を思ったとか、誰も」

 そこまで言って、突然浅井の目に涙が湧いた。

「先輩が、辛かったなんて」

 声が震えた。

「私と一緒にいたかったなんて」

 それ以上は続けられなかった。
 体の震えも涙も止まらなくなった。
 だから大沢は浅井を膝から下ろして、震える身体を胸に抱いた。


 辛かっただろうなんて、考えたことがなかった。
 先輩が私と一緒にいたかっただろうなんて、思いもつかなかった。
 いて欲しい、幽霊でもいいから側にいて欲しい、私も連れて行って欲しい、ずっとそう思っていた。
 悲しむ自分を見たら先輩が苦しいだろうとは思った。空にいる先輩が苦しいだろうとは思った。
 しかし一度も、自分の側を離れる瞬間の先輩の気持ちを考えたことがなかった。
 十年間一度も思いつかなかった。
 それを、今初めて話を聞いた大沢君が伝えてくれた。

 何故思いつかなかったのだろう。
 どうして気付かなかったのだろう。
 その思いこそ先輩なのに
 浅井は嗚咽を噛み殺す。
 大沢の言葉を聞いて、浅井の中の先輩に血が通ったような気がした。
 自分は長い間、10年間も、血の通わない先輩の抜け殻を抱えていたのかも知れない。
 わかっていなかったのは自分だった。


「だって、俺だったら、辛い。もう一緒にいられないことが一番悲しい」
 大沢が言った。
 浅井は、うん、と頷いて、また泣いた。


 10年も経って初めて人にすがって泣いた。
 寂しかったのだ。自分はこんなにも寂しかったのだ。
 だけど誰にも頼れなかった。
 先輩以外に頼るなんてできなかった。
 先輩以外に涙を見せるわけにはいかなかった。
 先輩のせいで泣いているなんて思わせたくなかった。

 昨日まで10年もたった一人で耐えてきたのだと改めて思った。
 ずいぶん頑張った。
 ただ大沢君がいなければ、まだ頑張っていたはずだ。

 もう、頑張らなくてもいい。
 そう思うとまた涙がこぼれた。

 10年も一人で、よく頑張ったな。
 頑張った自分を誇りに思う。
 救ってくれた大沢君をありがたいと思う。

 浅井は涙を拭いて、大沢にありがとうと言った。

「でも」
 大沢はまだ泣いていた。
「多分俺、先輩に嫉妬すると思うんだけど」
 浅井が吹き出した。
「笑い事じゃない!俺きっとこれからも先輩と比べたりして、」
「比べたりしないよ」
 笑いながら浅井が言った。

「比べないよ。先輩と全然違うもの。だって先輩こんなに可愛くなかった」


 可愛い?!!
 大沢はがつんと殴られたような衝撃を受けた。
 初めて言われる形容詞だ。
 そんな表現されたことは今まで一度もない!


「もう先輩の話はしないわ。私ももうあの時の私じゃないしね」
「え?」
「私はもうとっくに大人なのよ。大沢君」
「はぁ」

「寒くないの?裸だよ?」
 突然浅井がそんなことを冷静に指摘してくる。
「……!誰が脱がしたんですか!って、浅井さんだってそれ……!」
 大沢が笑い出した。
 お互い身体を離して落ち着いて見合うと、大沢は開いたパーカーとめくれたTシャツを着ているだけで、浅井はストッキングとショーツを片足の途中に引っ掛けていた。
「あなただって笑えないわよ!」
 浅井が笑って大沢にブルゾンとトランクスを渡した。


 とりいそぎ大沢はトランクスを履いて、Tシャツを下ろし、パーカーを羽織りなおした。
 そして浅井を見上げると、着崩れもせずにすっきりと立っている。
 やはり大沢は少し腹が立った。俺をこんな格好にさせて、自分は全然変わっていない。おまけに、可愛いとか言われて。
 大沢も立ち上がった。

「コーヒー入れる?」
 そう訊いた浅井を大沢が後ろから抱いた。
「いらない」
 そう言って首に唇をつけた。
「髪、染めたんだね」
「そう、チョコの色」
「花の匂いがする。香水?」
「あれ?まだ残ってる?つけたの夕方なのに」
「この匂い……」
 あの夜、外に匂ってきたものと同じだ。
「バラの香水」
「バラなんだ」

「ジョイって名前」

「……洗剤?」
「そういうこと言わない!」
 笑う浅井の首に唇をつけたまま、上着に手を滑り込ませて素肌を抱いた。
 スカートの下から手を入れると、あ!と浅井が座り込んだ。
「何?浅井さん?」
 大沢がしゃがんで訊くと、
「さっき下全部脱いじゃったから……」
 と答えられて呆れた。

「知ってるよ。てか俺なんかさっき全部脱がされたんだよ?」
 そして大沢はため息をついて、座り込んだ浅井を抱き上げ、
「寝室どっち?」
 と訊き、指さした方に浅井を運んだ。

 ベッドの上に浅井を置いて、改めて服を脱がしにかかった。自分で脱ぐという浅井を押さえつけて、無理やり脱がせた。そして、宣言した。
「この後、俺に触らないでよ。分かってると思うけど」
 浅井はわずかに絶句してから、反論した。
「そんなの、おかしいわよ!だって先にそういうことしてきたのは大沢君でしょ!」
「だってさっき、俺を可愛いって言った。俺は、可愛くないよ」
「え?なにそれ?」
 浅井が反論する前に、大沢はもう始めていた。


 二人は、二つの夜と二つの昼をほとんどそのベッドの上で過ごした。


 ジョイは先輩だけの香りじゃなくなった。



back | menu | next
スポンサーサイト

 


Comments


 管理者にだけ表示を許可する
<<V12 | BLOG TOP |  6-10>>


12  « 2019_01 »  02

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

categories

counter




.