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Category: JOY  

 さすがにもう夜も遅いので、タクシーで帰宅した。
 街灯が明るく多くの家に灯りがついていて暗くはないが、人も車も通らず静かな住宅街で、降りたタクシーの閉まるドアの音が響く程。明るい常夜灯が照らすアパートの階段を浅井は遠慮がちに静かに登る。
 そして通路を向くと、どこかのドアの前に何か塊が見えた。赤い塊。
 赤ならきっと、という予感を抱きながらヒールを鳴らして歩いていく。
 ドアの数を数えて自分の部屋の前だと確認して、赤いブルゾンが大沢の物だと確認して、そして大沢の前で立ち止まった。

 分からないかも知れない。私だと気付かないかも知れない。君島君も気付かなかった。もしあなたもそうだったら、誰ですか?なんて訊いてきたら、賭けどころじゃない。

 大沢がゆっくりと顔を上げる。浅井を見上げてもまるで表情は動かない。

 やはり私だと気付かないのか、と浅井はほんの少し苦笑した。
 やはりダメなのだ。賭けるまでもなかった。
 私は変われない。変わらない。それでもいい。それでいい。これまで通りでいい。大丈夫。
 俯いて笑ったままそう思い直した。
 大沢君には帰ってもらおう。
 髪を切ったの。見違えたでしょ。私だと気付かなかったでしょ。しょうがないわよね付き合いも短いんだし。心配してくれてありがとう。でもあなたのしたことを許すつもりはないから帰って。
 そんな言葉を準備していたら声が聞こえた。


「浅井さん。そんなに痩せたんだ」


 気付かれてた。
 君島君も分からないほど別人になっているはずなのに。
 それに、髪の毛の長さは半分以下になっているのに、それよりもたった数キロ減っただけの体重のことを指摘するなんて。

「……ドア、蹴破るんじゃなかったの?」
 驚いたまま訊いた。
「外出したのがわかったから……」
「え?」
「足跡が、その、ブーツの。それがこの部屋から出て行った跡があったから、外出したんだと思って」
 そんな名探偵の推理を聞いて少し感心しながら、バッグから鍵を出す。
 ドアの前にしゃがんでいた大沢が立ち上がり、あの、その、とか言っているうちに浅井が鍵を開けてドアを開いた。
 そして大沢を振り返った。


「この後、私に指一本触れないで。それができるなら、入って。できないなら帰って」

 大沢が一瞬息を飲んで、頷いてから、できる、と答えた。

 それを見て浅井がドアを大きく開き、室内の電気をつけた。



 浅井は賭けに出ることにした。



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