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 その黒人青年を見て、全員驚き絶句した。しかしその後、俺は吹き出した。
 ともみの思惑と姑息な作戦がほぼ分かったから。
 まぁ始めからそれしかないとは疑っていたのだが、俺の遺産狙いだ。俺と離婚後5ヶ月で生まれたらしいから、書類上は俺の子と推定されるのだろう。俺には血縁親族がいないから俺が死んでそれが認められれば遺産丸取りできる。
 しかしさすがにこの青年を連れてきたら血縁がないことは俺じゃなくてもはっきり分かるだろう。だから身代わりに誰か連れてきた。その後どうするつもりだったのか知らないが、笑えてきた。
 笑い事ではないのだが、笑えた。

 そして笑う俺を見て、笑っていた黒人青年が声を掛けてきた。

「初めまして。母の前のだんなさんですよね?」
「そのようだな」
「私のお父さんですか?」
「違うよ」
 訊くまでもない質問だろうに、俺がそう応えると青年はともみを見下ろして言った。
「ほら違うってママ。帰ろう」
「……どうしてこんな台無しにするような真似!あなたには権利があるのよパール!」
「無いんだよママ。どう考えたって、ママが僕のママならパパはあの人じゃない。それから僕はヒロシだよ」
「いいのよパール。戸籍上は権利があるの!貰えるものは病気以外貰っておけって言うでしょ!」
「ヒロシだし、それは悪い人が言った言葉だよママ」

 何年か前の大河で聞いたようなセリフだ。確かに悪人だったかも知れない。

「……も、貰えるものはって、あなたまさかハル君の遺産狙いで来たの?!」
 栞がやっと気付いたように叫んだ。
「だって、この人の遺産相続できるのはうちのパール一人なのよ?」
 ともみが開き直った。
「見るからにハル君の子じゃないじゃない!あなただってそれ分かっててさっきの誰かを代わりに連れてきたんでしょ?!」
「その方が分かりやすいじゃない。私わざわざハルチカさんに似た子を探してレンタルしてきたんだから。名前だって分かりやすいようにパールをハルって呼んだのよ」

 ああ。おっさんレンタルか。こんな利用法もあるんだな、と感心した。

「……でも、認知されない限り相続権は発生しないでしょう?」
 和臣が適切な異議を唱える。
「俺が死にかけだから適当にペンでも持たせて書類偽造でもするつもりだったんだろ」
 と俺が適当なことを言うとともみが適当なことを言うなと睨んだ。
「認知の届けなんてそんな簡単なことじゃないわよ」
 そしてまた偉そうに笑った。
「とにかく、子供が生まれたことを知ってから1年経っていればもう自分の子じゃないって覆す権利が無くなるし、死んでからだって認知請求の裁判起こせるのよ!」
 ともみは威張っているが、相当に大雑把な知識だ。この程度でこんな騒動を起こす行動力はさすがだなと思った。

「……でも、さすがにパールさんを先生の息子とは裁判所も認めないと思いますよ?DNA検査も必要ないくらいに似てないし」
 今度は和臣の妹が適切な突っ込みをする。そしてパールがヒロシですと訂正した後にともみを向いて爆弾発言をした。

「そうだよママ。それに僕のパパは3丁目のホセおじさんだろ?」

「ホセじゃないわよ!」
 ともみが速攻で否定した。
「でも似てるよ」
「髪型だけでしょ!」
「目もちょっと似てるってホセおじさんは言ってたね」
「似てない!絶対ホセじゃない!」

 そのやりとりが妙に可笑しく、つい全員吹き出してしまった。
 そんな風に場を和ませたパールがまだ笑ったまま頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。母は根っから嘘つきなだけで全然悪気はないのです。許してください。ついでに繰り返しますが、僕はパールではなくヒロシです」
 その言葉にまた全員笑った。

 しかし栞だけは作り笑いだった。口だけに笑みを貼り付けて冷たい視線でパールを見やり、言った。
「根っから嘘つきなあなたのお母さんが二度とこんな真似できないように、あなたがハル君の子じゃないっていう証明が必要かも知れないわね」
 パールは笑ったまま栞を見て頷いた。
「僕自身は何もいらないし何もするつもりはないですけど、もし心配であれば何でも言われる通りにします」
「余計なこと言うんじゃないの!帰るわよ!」
 ともみが怒りだし、パールの腕を引いて部屋を出て行く。その二人に栞がまた声を掛けた。
「ちょっと待って!あなた、どうして私の携帯の番号知ってたの?それだけ教えて!」

 ともみが振り返り、にやりと笑って答えた。
「あの番号は元々あなたのご主人の携帯でしょ?私たち同士だったから」
 その返事に栞が言葉もなく下げた両手を握りしめる。つくづく碌でもない婆さんだなと俺も嘆息したが、ともみが続けた。
「菊池さんの職場に電話して訊き出したのよ。教えないとあなたの自宅に電話して可愛い奥さんに訊き出してやるって言ったら教えてくれたの」
 栞はまだ手を握ったままともみを睨むが、ともみはやはり笑った。
「でも安心して。大昔のことだし何十年も掛けたことなかったし、この前掛けたら着信拒否されてたわ。だから別の携帯で掛けたのよ」

 そしてそのまま挨拶もせずにともみは立ち去ったが、あ、そうだ、とパールが立ち止まり振り返った。
「あなたの近況は、実は僕が母に頼まれて道場のサイトを見つけて、そこに書き込んでる子のツイートやインスタをフォローしてたので知ってました。そのおかげで今回倒れたこともすぐに知ることができました。僕も前からサイトで写真なんか見てましたから、あなたがお父さんだなんて初めから思ってなかったです」
 パールがそう言って俺に笑いかけた。
 だから余計なこと言うんじゃないの!とまたともみが叱り、そのまま引っ張られていった。





「……先生の奥さん、すごい人ですね」
 二人が立ち去ったドアを眺めながら和臣が感心したように呟く。
「……まったくだな」
 俺も同意した。
「なにを他人事のようなこと言ってるの!あの人またあなたを欺しに来たのよ?遺産目当てだなんて信じられない!」
 栞に叱られた。

 しかし俺自身なんというか、栞のような怒りを覚えない。だいたい俺との結婚もともみの目的は金だったのだ。その姿勢というか生き様というか、一貫していて全く変わっていない。
 ただ、やってることの筋が全く通っていないことがものすごく不気味で恐ろしい。


 父親の轢き逃げで俺を逆恨みしたのを皮切りに転げ落ちるような人生。俺を欺して結婚したものの家庭らしい家庭でもなく結局破綻し、その頃にパールを身籠もっていたとすると俺が家族を次々亡くしていた時に同時進行でパールの父と関係を持っていたということだ。そして同時に何度も俺に迫り既成事実を作ろうとして俺に托卵しようとしていた。つまりパールを俺の子として産むつもりだった。

 パールを、俺の子として。

 無理だろ。かなり無理だろ。元々托卵を狙っていたのならなぜ異人種と。欺すつもりなら人種どころか血液型すら揃えるもんだろう。
 別れる間際には腹の子は産まないと言って去って行ったのだが、結局産んでここまで一人で育てた。生まれたのは黒人の子だというのに確実に父親ではない俺の名にちなんだ名前を付けてしかも「パール」と呼ぶ。
 なんだこのめちゃくちゃな思考回路は。

 姓が変わっていないということは再婚もしていないのだろう。子の肌の色が違うだけで母親としてどの段階でも様々な苦労や葛藤があっただろう。一人で大変だっただろう。
 とは思う。しかし。

 根っから嘘つきどころじゃない。頭がおかしい。
 この年になって余生も短いのにあんなサイコに纏わり付かれるのはまっぴらだ。


「でも先生、結婚した時はさっきの人好きだったんですよね?どんなところに惹かれたんですか?」
 和臣の妹に訊かれる。
「……すまん。考えたくない。和臣」
 疲れたので手で顔を覆ったまま和臣を呼んだ。
「司法書士の先生の予約、キャンセルしたのか?」
「え?まぁ、先生入院したのでまた連絡することにしてますけど」
「来週退院するから来週末に予約してくれ」
「え?もう退院できるんですか?」
「する。それで、登記とついでに戸籍や相続の相談もしたい」
「相続?」
「パールはともかくともみは絶対また来るだろうから。遺産どうこうよりも、縁を切りたい。二度と会いたくない。なんか方法ないかな」
「どうでしょうね」
「きちんと遺言書を作っておけばいいのよ。独り身でも死後の相続トラブルは多いって夫が言ってたわ」
 栞が珍しく銀行員だった亡夫の話をする。
「……そうする」

 本当に疲れた。

「まぁ、今回パール君が来て存在がはっきりしたのはよかったんじゃないですか?おかげで没後の相続トラブル回避できそうですし、倒れた甲斐がありましたね」
 和臣が他人事だと思って軽い調子でそんなことを言う。
「これでハル君があの人ときっぱり縁が切れるなら確かに倒れた意味はあったわね」
 栞も頷く。
「でもなんか、色々ドロドロで羨ましくないけど、熱くてぐちゃぐちゃでなんか、ちょっと羨ましい」
 和臣の妹がよくわからないことを言う。




 せっかく生き返ったと言うのに、生きていくのは大変面倒だということを思い知った。酸素があればいいってもんじゃなかった。






      終




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