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 40歳未満は入室禁止だと言い含めたのに、美姫が病院についてきた。花もいらないというのに昨日から準備してた。そして今入室前にメイクを直したいとか言って手洗いに行っているのでその間に急いだ。
 先生は入院している間は人に会いたくないし話もしたくないとよくわからない我がままを言いだし、まぁ病人の望みは病院では最優先なので僕も今日は見舞いじゃなくスマホの充電コードを持ってきただけ。だからそれを渡したらすぐ帰る予定だ。美姫がついてきてしまったから挨拶だけはさせるけど長居はしない。
 急いで遠藤先生の病室に行くと、ドアの前に誰か立っていた。そこに近付くと中から声が聞こえた。

「そして叩き出されたわ。子供を始末して二度とその顔を見せるなって怒鳴られた。でも私、ハルチカさんの子を殺すなんてできなかった!」
「嘘よ。ハル君がそんなこと言うはずないわ!」
「私は一人で産んで一人で育ててきたの!だけどハルチカさんの子だから、姓は変えなかった!どうしても父親の姓を名乗らせたかったからよ!」
「……嘘、よ」

 演技がかったドロドロのエグい会話はテレビの昼ドラだろうかと思い中に入ると、お婆さんが二人赤い顔と青い顔をして立っていた。先生は寝ていて顔は見えない。そしてテレビは点いていない。
 あれ?とその二人を見比べた。星奈ちゃんのお祖母さんと、知らないお婆さん。
 あれ?今の昼ドラ、ラジオだったかな?と訝しみつつとりあえず要件を伝えた。
「先生、頼まれてた充電コード持ってきました」
 よくあることだがスマホのバッテリーが切れたらしい。先生が布団から手を出して振っているので近くに行こうとしたのだが、お婆さん二人が邪魔で通れない。
 あの、と声を掛けようとしたら、知らない方のお婆さんが僕の後ろに向かって呼びかけた。

「入ってらっしゃい」

 振り向くと、さっき廊下に立ってた男性が顔を覗かせた。知らない顔だが見舞客だったのか。見舞客は道場関係者に限っているはずだけど。と、その顔をじっくり確かめようとしたがその間もなく僕を避けてお婆さんの傍まで駆けて行きその横に立った。またそちらに顔を向けると、星奈ちゃんのお祖母さんの顔が一層青くなった。
「……まさか」
「そう。この子。ハルチカさんの子」
「初めまして!遠藤ハルです!」
「……!」

 星奈ちゃんのお祖母さんが絶句した。さすがに僕もびっくりした。
 さっきの昼ドラの声だ。リアル劇場だった。どうやらお婆さん二人と先生の三角関係のもつれの言い争い。そしてその果てに登場したのが、まさかの隠し子?いるだろうなとは思ってたけどやっぱいたんだな。あちこちにいると思ったんだけどこの人一人?いやまず一人発覚ってとこかな?と、彼の顔をやっとじっくり眺めてみた。
 確かに似てる。顔の形とか背格好とか。年齢は30そこそこかな。このお婆さんとの子供?あれ?このお婆さんには似てないなぁ。などと僕は観察していた。


「ハルチカさんの子だから、名前を一文字もらったの。ハルチカのハル。あなたの息子です。見てやってください!」
 お婆さんが涙声でベッドに訴えた。
「お父さん!」
 息子も悲しげな声で訴えた。
 星奈ちゃんのお祖母さんはもう呆然と立ちすくんでいる。
 しかし依然としてベッドの遠藤先生に動きがないので、母と息子がしがみつくようにして泣き叫びだした。
「ハルチカさん!もっと早く会わせてあげたかった!」
「お父さん!僕を見てください!お父さんにそっくりだってずっと言われてました!」
「ハルチカさん!顔を見てあげて!」
「お父さん!」
「ハルチカさん!」
「お父さん!」

 母と息子が何度も同じ言葉を繰り返す。いつまでこんなことをさせておくのかと、僕も声を掛けた。
「先生。いつまで寝たふりしてるんですか」
 さっき手を振ってたくせに。そう言うと、諦めたように先生が布団から顔を出した。
 数日絶食状態なので病人らしくやつれていて寝ていたせいで髪がぼさぼさで無精ひげもちょこちょこ伸びていて、目を閉じて横になっていれば死体に見えないこともない。もしかしたら寝たふりじゃなくて死んだふりしていたのかな。どっちにしても無駄なのに。

 そしてやはりまだ瀕死のふりをして先生は大きくため息をついて肘をつき身体を起こし、だるそうに口を開いた。
「……しゃべりたくない」
 まずそう小声でぼやいてから、ちらりと目だけ開き小声で続けた。
「あのなぁ。ともみ。俺を死にかけだと思って来たんだろ?あいにく三途の川から生還したよ。溺れかけたけどな」
 ともみ、と呼ばれたお婆さんが、ひっ、と息を飲んで一歩下がった。
 そして先生は息子に目を向けて言った。
「俺の息子って言われて育ったのか?悪いけど違うぞ」
「えっ、いや、それは、そんなはず、」
 息子が慌てた。
「死にかけてつくづく思ったんだが、正直死んだ後のこの世のことなんかどうでもいい。畢竟、今現在もどうでもいい。余計なことを考えたくもない。だから事実だけ言う。俺に子供はいない。結婚してたのは事実だが俺の子じゃないことはともみ自身が知ってることだ。だからここにいるのは全員他人。俺もう疲れたから全員帰ってくれ」
 先生はそう言って、また布団に潜った。

 なんにも解決してないよ先生、と突っ込もうとしたら、ともみと呼ばれたお婆さんが笑った。
「……そんなこと、通らないわ」
 そう言われても先生は布団に潜ったまま。
「あなたとの婚姻中に出来た子なの。だから、あなたの子なの」

 ん?と、その言葉に引っ掛かった。婚姻中に出来た子だからあなたの子?

「似てるでしょ?この子。あなたにそっくりでしょ?ハルチカさん」
「待って。婚姻中に出来たからハル君の子って、どういう意味?」
 星奈ちゃんのお祖母さんが突っ込んだ。
「あら。そのままよ?離婚してから生まれたけどハルチカさんと生活を共にしていた時に出来た子だからハルチカさんの子でしょう?」
「そんなことをわざわざ口にして言うなんて、後ろ暗いことがあるからなんじゃないの?」
「何もないわよ。事実を言ってるだけ」
「事実じゃないでしょ?ハル君が違うって言ってるじゃない。あなたまた欺しにきたのね?」
「止めてくださる?この子の前で」
 そう言うと、ともみと呼ばれたお婆さんが何か促すように息子の腕を掴んだ。
 息子はそれに驚いたようで慌てて持っていたクラッチバッグを落としそうになり、なんとか掴んだものの中身を全部零してしまい、慌てて拾い出した。

「念のため、持ってきたの。私とこの子の戸籍。父親の欄は空いてるけどね」
 ともみお婆さんは笑みを浮かべてそう言いながら、息子に何か渡せと手で催促している。



 ところで、今頃になってやっと美姫がやってきた。ただ、中々険悪な雰囲気なので声も音も立てずにこっそりと僕の横に立った。その美姫の足下に息子の落としたバッグの中身の折りたたんだ紙が飛んできて、拾い上げた。

「ハルチカさんと離婚して、五ヶ月後に生まれました。父親であるハルチカさんから名前を一文字いただきました。それがきちんと記録されてます」
 美姫が拾ったことに気付いたともみお婆さんが、渡すようにと手を伸ばしてきた。
「せめてこれだけでも確認してもらえたら今日は帰ります」



 今来たばかりでこれまでの泥沼昼ドラを美姫は知らない。
 そしてその拾った戸籍謄本か抄本が、ちょうどその名前が見えるように折ってあった。

 それを目にして、美姫は少し首を傾げてから、その名を声に出して読んだ。




「……遠藤、パールさん?」




 その素っ頓狂な呼び名に、病室の全員が顔を顰めた。



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