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 その一報は孫から聞いた。
 夕食の準備を終えてリビングのテレビを点けたところに、自分の部屋にいた星奈が慌てた様子で駆け込んできた。
「お祖母ちゃん、先生が倒れたって!」
 先生と言われても私は学校の先生とも習い事の先生とも面識がないわ、と首を傾げたところで、判明した。
「遠藤先生!道場で稽古の最中に倒れたって果維君から!」

 一瞬頭が真っ白になり、それからすぐにエプロンを外して自分の部屋に飛び込み、急いで服を着替えた。
「お祖母ちゃん!なにするの!」
 追ってくる孫を振り向きもせずに訊いた。
「どこの病院?いろいろ用意しなきゃ。ハル君独りなんだから」
「わかんない、訊いてない」
「訊いて」
「だって、果維君だって今、」
「訊いて」
 孫がスマホをいじっている間に私は夫の時に使っていた大きな軽いバッグを押し入れから引っ張り出した。
「お祖母ちゃん。今は人数足りてるからいいって」
 孫の声がする。
「人数じゃないでしょ。タオルや服や細かいお金なんかが必要なのよ」
「いらないって。緊急搬送されて今後どうなるかまだはっきりしないから、待っててって」
 そこまで聞いて、私はやっと止まった。

「……緊急搬送?」
「……果維君も、病院には行ってないの。みんな心配してるの」
「どこの病院?」
「大学病院。果維君も連絡待ちしてるの」
「誰がそばにいるの?」
「道場の大人の人たちたくさん行ってるんだって。でも残ってる人もたくさんいて、子供は帰るように言われてるって」

 私にできることは何もない。ここで祈ることしかできない。本当は知っていたけど。

「何かわかったら果維君がすぐ連絡してくれるから」
「……なにかって、」
「きっと大丈夫だから!みんなついてるから!」

 年を重ねすぎて、突然逝ってしまう人やほんの少しの疾患が命取りになる例を見すぎて、安易な励ましを上手く流すことさえできなくなった。
 それでも孫に当たることだけは避けたくて、なんとか無言を通す。

「ね!お祖父ちゃんにお願いしよう!」
 孫がそう言って私の手を引いた。
 そして仏壇の前に並んで座る。



 助けて。あなたが苦しめたハル君を、今度こそ助けて。
 私は目を閉じて手を合わせ、夫にそう伝えた。



 するとその後、間もなくとは言えないぐらいに時間が経ってから、果維君から連絡がきた。
「無事だってなんともないって助かったって手術もしなくていいって!よかったねお祖母ちゃん!」
 孫が息継ぎもせずに一気に全部伝えてくれた。
 大きくため息をついて、ソファにもたれた。

 ありがとう、と目を閉じて夫に感謝した。



 しかし次の日。その夫が死んでしまったことが恨めしい程憎くなった。
 携帯に登録していない番号からの着信があった。いつもなら出ないのだが、ありえないのだけれどハル君のことで誰かからの連絡かも知れないと思い、取った。すると相手が、あら!繋がった!と驚いたような声を上げた。

『もしもし?菊池さんの携帯よね?』
 女の声がそう訊いてきた。
 この携帯は元々夫の物だった。私は持っていなかったし、登録してあるのはみんな私も知っている人ばかりだし、新しく買うよりはとそのまま引き継いだのだ。しかし登録されていない番号からの着信なのに、私の名前を知っている?

『菊池さんでしょ?菊池栞さん?』
「……どなた、ですか?」
 夫の携帯の番号と私の名前を知っている。嫌な気持ちがしたけれど、放置はできないと訊いた。しかし女は問いを無視して、思いがけないことを訊いてきた。

『ハルチカさんが倒れたって、今どんな具合なの?!』
 え?
『ネットの書き込み見てもどれが本当かわからないぐらいめちゃくちゃだし!』
 ネット?
『誰に訊いたらいいかわからなくて、菊池さんの携帯思い出して今掛けてるのよ!』
「待って!あなた、誰?」

 こんな番号知らないし、声だって聞き覚えがない。それなのに「ハルチカさん」ですって?ハル君をこんな呼び方する人なんていない。私は聞いたことがない。誰なのか全く見当もつかなくて恐怖を覚え始めた時に、相手がやっと自己紹介をした。


『遠藤ともみ。ハルチカさんの元妻』


 そう言われて、まず全く意味がわからなかった。なぜならハル君は独身だから、妻なんかいない。その後、「元」が付いてると気付いた。「元妻」?そんな存在があった?それから徐々に思い出した。
 いた。ハル君結婚してた。私と別れてすぐ。いえ、別れる前に。私は別れたつもりはなかったのに他の女と結婚した。そして数ヶ月ですぐ別れた。でも私もその間に夫と結婚しすぐに妊娠した。
 そしてその後に、夫とハル君の元妻が共謀して私たちを別れさせたのだと知った。

 一気にその記憶が蘇る。
 呼吸が苦しくなり、私はその場に膝をつき、座り込んだ。

 私はこの女にハル君を略奪された。その略奪女が、なぜ私に。


『私を恨んでることはわかるわ。でも私はあれから一度もハルチカさんには会ってないの。もし最後なら、一目会いたいのよ』


 許さない。


「あいにくね。心筋梗塞で面会謝絶よ。それほど危ないの。あなたなんかが行ったら余計に悪くなるから遠慮して。一生遠慮してください」
 そう言って通話を切った。
 その後も何度も着信があったが全て無視した。
 孫が学校から帰宅してから、その番号を着信拒否にしてもらった。



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