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 相変わらず新築計画が進まない。というか、僕が進めない。
 先生から土地を購入する手続きだけでもう疲れ果てた。仲介業者を挟まず道場の有識者の意見を仰ぎながら書類を集め、今度司法書士の先生に頼むところまでこぎつけた。それが済んだら一段落なので、僕は燃え尽きると思う。
 娘たちは去年出会ったイケメン建築士に設計を頼みたいとか言い出したが当然却下。ただでさえ近所に遠藤先生がいるのに面倒が二倍になる。
 とりあえずそれらの作業ができるのが週末しかないので、今月中には登記が済めばいいなぁと言ったところ。その後もどのくらい掛かるのか検討もつかない。さすがに年内には建つと思うけど。

 そんなことで毎週末が埋まり、平日もあまり自由な時間はなくて、遠藤先生の家には行っても道場には全く顔を出さなかった。燃え尽きる前に一度くらい稽古をしたいなと思っていた。ただ仕事も忙しく今日もこれから当然のように残業。でも来週には絶対時間を作って絶対稽古に行こうと決めた。そのために山積するデータ書類メール等に一つでも多く目を通す。ただ緊急性はないので休憩してから再開しようと一度席を立った。

 ジャケットを羽織って財布とスマホを手にコーヒーを買うためにコンビニに向かう。事務所の給湯室にコーヒーメーカーはあるのだけれど、気分転換もかねて一日一回は5階から階段で降りることにしている。1階まで降りて暗くなった外に出て交差点の赤信号で止まってからスマホを起動した。

 画面が写ると同時にポップアップが開いた。
 この時間、道場で稽古中のはずの果維からのメッセージ。


『遠藤先生が倒れた』
『救急病院に運ばれた』


 速攻で引き返し今度はエレベーターのボタンを連打しながら果維の電話を呼び出した。

『和臣君!』
「どんな様子だった?」
『わからない、僕気付いた時にはもうみんな先生のとこに集まってて、』
「倒れてた?話はできてた?」
『うん、話してた。苦しそうだったけど、意識はあった』
「そう。どこの病院?」
『大学病院!』
「誰がついて行った?」
『田端先生と石井先生、あと車で木元先生と沢口先生、それから、』
「道場に誰が残ってる?」
『誰も、田端先生の奥さんとかが来てるけど、僕らには帰るようにって、』
「うん。みんな帰った方がいいな」
『和臣君は?』
「僕は病院に行く」
『うん!何かわかったらすぐ教えて!』
「わかった」
 その通話を切る頃には机の上を片付けてPCの電源も落としていた。



 忘れていたわけじゃない。遠藤先生はもうとっくにジジィだ。いつ死んでもおかしくない老体だ。でもその年の割には若くて頑丈だから、考えなくてもいいんだと無意識に思っていた。いつかこんな日が来るんだってわかっていたはずなのに、考えてなかった。
 違う。目を逸らしていた。
 先生自身そうだった。遺産整理なんて言いながら死ぬのは60年後なんて嘯いてた。
 いや、そんなこと考えない。とにかく病院に着くまで、先生の顔を見るまでは余計なことを考えない。そうだ、まだ土地の登記も終わってないんだ。死なれちゃ困る。死ぬはずない。考えるな。死ぬなんて余計なことは考えるな。
 僕はとにかくアクセルを踏んだ。

 病院に着き受け付けで訊くと既にICUに入ったと場所を教えられ駆けつけると道場の先生たちが待合にいた。
「お疲れさまです。どんな具合ですか?」
 息を整えてまずそう訊いた。
「うん、まぁ命に別状ない。軽い心筋梗塞で手術もいらないらしい」
 石井先生があっさりそう答えてくれて、僕はほっとしてため息をつきベンチに座った。
「今田端先生が代表で中に入ってるんだ」
「代表?」
「本来家族しか入れないからな。しかし遠藤先生家族いないから特別に田端先生が呼ばれた」
「家族ですか」

 家族、という言葉を聞き、果維を思い出した。

「すみません。一応果維に無事だってことを伝えます」
 そう断って廊下に出てスマホでメッセージを送った。すぐに返事が来た。
『よかったー!先生に会えた?』
『まだ。面会に制限があるみたいで、もしかしたら会えないかも』
『そうなんだ。でもよかった!セナちゃんにも連絡しておく!』
 セナちゃん?と一瞬疑問に思ったが、そういえば星奈ちゃんのお祖母さんは遠藤先生の元カノだった。
 そりゃあきっと心配だよね、とチャットを終えて待合に戻った。

 するとちょうど田端先生が病室から戻ってきていて、病状を教えてもらった。
「吸入器付けててしゃべれないけど、まぁ大丈夫だ。とりあえず今日のところはここにいて、2~3日したら一般病棟に移れそうだと」
「そうですか。よかったですね」
「まぁ年も年だし、軽く済んだ方だな」
「今まで特に病気もしてないんだし、ちょうどいいぐらいだよ」
「そうそう、一病息災って言葉があってな、」
「すみません。今全然聞きたくないです」
「とりあえず今日はもう用はないらしいから、撤収」
「誰か残らなくていいんです?」
「いらないらしい。明日また俺が来るけど」
「何か必要な物とかありますか?」
「今はないだろ。病棟に移ってからなんだかんだ欲しがるだろうから、その時でいいさ」
「そうですか」
「どうせ病人も寝てるし、帰りましょう」
「そうしようか」


 というわけで、心配事もすっかり消え去り、僕は職場に戻った。



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